2 捨てられ聖女一夜明けて、羞恥心
翌朝、目が覚めて、あまりの自分の行動の恥ずかしさに身悶えた。しっかり寝て起きたからだろう。胸にはまだ突き刺す様な悲しみが居座っているけれど、幾分冷静になれた。
部屋を出て、見回すと少し先にリビングらしき部屋が見えた。誰かがそこにいる様で笑い声と物音が聞こえる。そちらに顔を出すとみんなが心配そうに声を掛けてくれた。
「昨夜は取り乱して申し訳ありませんでした。泊めていただいてありがとうございます」
お世話になった冒険者達にお礼を言って、自己紹介をする。昨日はなんとおはぎの名前は話したけど、自分の名前すら教えていなかったらしい。私に合わせて彼らも一緒に自己紹介してくれた。
爽やかな青年で、燃える様な赤い髪と、幅広な青い鉢巻が印象的な剣士のライナー。青い革鎧も相まって、紋章にまつわるゲームの主人公が思い浮かんだが、一つ頭を振って追い出した。歳は十八歳。武器は両手剣。格闘も得意なのだそう。
斥候のベティは、黒髪ショートヘアの猫獣人の女の子で十六歳。スポーツブラにホットパンツレベルの布しか身に付けてない。とにかく露出が多いのに、健康的なボディでいやらしさが全く無い。すごく優しい子だ。昨日はずっと私の背中を撫でてくれていた。黒髪っていうのもあって、ちょっとおはぎとイメージが被ってしまう。あまり見つめていると泣いてしまいそうだ。
アーサーは魔法使い。十九歳で、緑の長い髪を一つ括りにしている。そして眼鏡。こっちにきたばっかりの時に見た魔法使いと比べると、短めのローブを着て、大きな杖を持っている。その杖はなんか六角棍とかお遍路さんの杖みたいで、魔法使いっぽく見えない。柔和な雰囲気だけど、どこか独特の空気がある。
神官のソフィアは二十一歳。茶色の長い髪をハーフアップにした、最初に話しかけてくれた女性だ。瞳はピンクブラウン。清楚で優しいお姉さん的な雰囲気である。回復魔法が使える、縁の下の力持ちな人だ。ベティとは逆に顔と指先以外肌の露出は無い。
そして見た目から真面目な、もう一人の剣士、テオバルト。筋肉ムキムキ。横だけでなく、前後にも分厚い。短く刈り込んだ薄茶の髪と紫色の瞳が不思議と似合う。二十歳。
自己紹介で二十四だと言うと全員に驚かれた。確かにみんなより小さいし、凹凸もないけどそこまで驚かなくて良くない?あ、昨日の泣きっぷりが子供にしか見えなかった的な?そりゃそーか。
そんな彼らは、とある依頼で調査の為にこの街に滞在しているらしい。調査の間使う為に借りているのが、この一軒家。他の人は来ないし、万が一誰か来ても気配でわかるから安心して、と言われて安堵の息が漏れた。
一息ついて、事情を聞かれたので説明する。召喚者がどんな扱いなのかはわからないけれど、あれだけ優しかったみんなだ。信用するしかない。私の話を信用してもらえるかは、わからないけど。
「信じてもらえないかもだけど、私は、こことは別の世界から来たの…」
おはぎが死んで、悲しんでる時、魔法陣が足元に広がって、知らない場所にいた。偉そうな魔法使いと王子だと主張をする奴等が自分を呼んだと自慢していた。その時は話を聞く様な精神状況ではなくひたすらに取り乱していたら、草原に捨てられた。みんながいてくれたから助かったありがとう。
出来るだけ簡潔に、客観的説明してみたけどやっぱり私の扱い酷くない?その場で誰か慰めてくれても良くない?まぁ、別の世界から呼び出した人間で、自己利益に使用しようって人達だもの。おかしくないのか?
「それは……あまりにも……」
「あんまりじゃん」
「あの王族ならやりそうですね」
「ミサが無事で本当に良かったです」
「他に何か言ってなかったか?」
みんなが口々に慰めてくれて、心がほわっとあったまる。優しい人もいっぱい居るんだなぁ……。
昨日放り出されたあの草原は、魔の草原と呼ばれて、この辺に住む人もほとんど行かない危険な草原だったらしい。私一人だったら今頃骨も残っていないよって言われた。彼らは調査の為、偶然あそこにいて、私に気付いて声を掛けてくれた。正に、九死に一生を得た感じだ。
「ミサさんは、此方に来たばかりって事でしたら、ステータスは確認してないんじゃありませんか?世界を渡るとすごい力を得られるって何かの本で読みましたよ?」
「ステータスですか?」
確かにラノベとかなら転移特典とか、転生特典とかはあるよね。でも何かが変わった感じは無いんだけど……。言われるままに「ステータスオープン」と唱えると、目の前にウィンドウが開いた。
泉名寺美沙 Level 1
体力 2
魔力 10
力 2
知性 5
素早さ 3
器用 6
持久 2
運 15
スキル 回復魔法
魔法薬生成
どうぶつのおいしゃさん
結界魔法
称号 異世界からの召喚者
加護 -
わあお。ゲーム知識に照らすと(照らさなくても)最弱ですね。わかります。魔力と運だけは良い様ですが、ほかは二とか五とかしかない。レベル一だもの。スキルのどうぶつのおいしゃさんって何?回復魔法持ってるからそれで動物を回復できるとかそんな感じ?
「どう?何か変わってた?」
「変わってる、というか、そもそも元の世界ではステータスなんて見れませんでしたからよくわかりません。でもレベル一ってことだけはわかりました」
しげしげとステータスを眺めていると、横からベティがくっついてきた。本人にしか見えないのだから覗かれる心配は無い。
「なんか魔力と運が他より高くて、スキルが四つありますが、どれも覚えがありません。多分これが召喚特典なんでしょうか?」
「どんなスキル?」
ベティが腕に戯れつきながら上目遣いで聞いてくる。うわ、やばい、かわい過ぎない?本当に猫みたい。ベティにデレっとしながらスキルの名前を挙げていく。
「回復魔法……」
「魔法薬生成……っ!」
「……どうぶつの、おいしゃさん?」
「結界魔法ッ?!」
みんなは律儀に復唱してくれる。
後半二つは疑問系なので、もしかしたら知らないのかもしれない。
「どんなスキルなんでしょうか?言葉通りに捉えるなら回復魔法が使えて、お薬を作れる動物専門のお医者さんみたいな感じですか?でも私獣医の知識なんてないですよ?結界魔法はまんま結界が張れるんでしょうか?」
質問すると、みんなが力が抜けた様になる。テオバルトに至っては目も口もぽかんと開けて呆然としていた。
「いや、これ、結構大事なんだけど……。ミサが言ってる事は間違いじゃ無いはずなんだけど、全く重要に聞こえないね……」
ライナーが物凄く疲れた様な声で言った。
私にとっては魔法が使えるだけで大事なんだけど、何か間違ってるのだろうか?
ざっくり説明を受けたところ、使える魔法としてはほとんど間違っていなかったのだけど、使える人間が少ないスキルばかりを持っていたらしい。どうぶつのおいしゃさんに至っては全くわからないのだそうだけど。
回復魔法 怪我や病気を治せる魔法。
使用する人によって効果は
変わる。
レア。
魔法薬生成 魔法薬を作れる。
調薬ではなく、魔力で作成
する。
レア。
どうぶつのおいしゃさん 効果不明。
もしかしたらユニークスキ
ルかもしれない。
激レア。
結界魔法 結界を張る事ができる魔
法。
魔力によって任意の空間を
隔絶できる。
使用する人によって範囲や
効果は変わる。
激レア。
簡単にまとめるとこうなる。
レアと激レアしかないってなんなの?
バグかな?それともプレミアム課金パック?
「とりあえず、ミサにはすぐにでも後ろ盾が必要な状態だ。気軽に聞いた俺達も悪いけど、今後安易に人にスキルを教えてはいけないよ」
ライナーが真剣な顔で言うので、何度も頷いておいた。拉致監禁される恐れがあるらしい。何それ怖い。
「で、俺達にはその後ろ盾に心当たりがある」
実は、彼らは隣国からの依頼で、この国で召喚が行われたかどうかを調べに来た冒険者達だったそうだ。私が落ち着いたのであれば、召喚の証拠として連れ帰り、依頼を完遂。その後、隣国で王宮を後ろ盾としてはどうか、と提案された。
「すごくレアなスキルばかりだから、あちらも嫌だとは言わないと思うよ」
ベティが気遣わしげに下から覗いてくる。多分彼女達としては私を連れて帰りたいのだ。召喚者本人なんて、召喚の揺るぎない証拠なのだから。嘘を吐いて、攫ってしまえば良いのに、それをしない上に、きちんと私の意見を聞いてくれる。それはとても好感が持てた。
「わかりました。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、みんなが安堵の息を漏らす音が聞こえた。
「あ、あの、一つ聞いても良いですか?」
「ん、なんだい?」
「この国とみなさんの国で起こったトラブルってなんなんですか?」
「あー……そっか、ミサは知らないよね。ごめん、もう国中のみんなが知ってるから、そのつもりで何にも説明してなかったね」
何が起こっていたのか聞くと、みんながまた脱力した。アーサーが代表して説明してくれる。
「最初はこの国の国王が代替わりしたところからだと思うんだ……」
前国王はとても政治手腕の素晴らしい方で、人当たりも良く、近隣の国々とも良好な関係を保っていたそうだ。しかし、父親としては残念な人だった様で、現国王、つまり彼の息子を甘やかし放題にしてしまったらしい。二人目の姫以降、子供が生まれず、王子はわがままに育ってしまった。そうして、前国王は亡くなり、わがままな王子はそのまま王になった。
国が傾くのはあっという間だったそうだ。あらゆる物に税金がかかる様になり、悪吏が蔓延る。政治はからっきしだが、戦争の手腕だけは、神掛っている現国王は、近隣の小国を襲い、なんとか食い繋いでいる。そうして、とうとう彼らの国である、アストリアに戦争を仕掛けるまでに至った。
アストリアは、聖獣や精霊に守られた国であり、不当に攻め込んで来たこの国は、攻撃をする間もなく、ズタボロになって追い返されたそうだ。局地的に大雨が降り、馬は転んで骨を折り、小荷駄は泥に塗れ、兵は謎の腹痛に見舞われる。それでも諦めずに前進すると、何処からか火の粉が飛んで来て、わずかに残った食料が燃え上がる。不自然な落石が起きて、水は全て無くなった。
「え……もう、祟りじゃないですか。それ」
「だよな。普通はそこで諦めるんだけどな」
「え?諦めなかったんですか?」
「諦めなかったんですよ。それが」
一度軍は引き返したけれど、密偵があの手この手で潜り込んで来たそうだ。前回軍に属していた人間は精霊達が覚えていて、顔が光る魔法を掛けられたらしい。暗闇で暗躍しようとすると顔が光り、警ら隊に捕まる。捕まえる側も捕まった側もびっくりしたそうだ。一部の精霊術師が、精霊に教えてもらって発覚した。
ただ、精霊達も前回来なかった人間が、密偵としてきた場合は認識できなかった。難民、移民として移動してくる民は密偵の何十倍も居たし、国境門を通る時にありえない額を請求される為、平民は森や山から逃げてくる。それらを全て取り締まる事はできなかったし、平民に罪はないので拒否することも難しい。
結果、かなりの数の密偵が潜り込んでいる状態になってしまった。密偵達は盗んだり情報操作は当たり前で、小さな村や街を襲う事もあった。やり口が巧妙で、食料が無く困っている所を助けた村人に、毒を仕込んだ酒を礼だと言って配り、男達が動けなくなった所を襲う。村を占拠すると、精霊避けの金属を至る所にぶら下げ、軍事拠点を作っていく。
そうして、とうとう聖獣に何か攻撃を仕掛けたらしく、聖獣が倒れてしまった。国王がなんとかしようと手を尽くしているが、改善は見られない。仕方なく聖獣と意思疎通が取れたという伝説の聖女を呼ぶ事にしたのだが、何故だか陣が反応しない。もしかしたら、と思い至った上層部は冒険者達に依頼を出したのだ。この国が先に聖女を召喚したのではないか、調べて欲しい、と。
「でも、時期が合わなくないですか?私昨日呼ばれて来たんですよ?先にっておかしくないですか?」
「異世界とこの世界を繋いで、適性のある人間を呼ぶのだぞ?一日や二日の儀式で済むわけがなかろう。一月程時間を掛けて召喚部屋を異世界と繋がりやすく整え、大量の魔力を注ぎ込み、複雑な魔法陣と呪文、魔力操作によって呼び出すのだ。この国が先に繋いでしまっていたら、我らの陣は反応しないに決まっている」
時期がおかしいと指摘すると、テオバルトさんが眉間に皺を寄せて説明してくれる。それもそうか。マンガやラノベでは召喚される側の話しか見ないから思い至らなかった。そうして、結果として私が召喚され、捨てられて、彼らに拾われた、と。これは捨てられて良かったかもしれない。下手したらこの国に洗脳されて、アストリアの聖獣に害を為してしまう所だったんだ。こ、こわい……。
「つまり、私は聖獣様の何処が悪いか伺うのを期待されてるって事でしょうか?」
「端的に言うならばそう言う事だ」
他にも細々とした質問をして、色々納得出来たので、彼らの先導でアストリアに向かう決意をした。
捨てもふを読んでくださってありがとうございます。
早速のいいね、ブックマーク、評価とても嬉しいです!
本当にありがとうございます。
色付きお星様★が五個並んでいるのはとても嬉しいですね!
嬉しすぎてちょっとテンションがヤバ目です。