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羽衣異抄  作者: 金子ふみよ
第一章
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八月十三日

 八月十三日。お盆に入ったこの日の午後、南中よりはまだわずかばかりましという程度に気温が下がってから父母とともに墓参りをした、その帰りである。

 駐車場に着くなり父が慌てだした。線香を灯すのに使ったライターを忘れてきたようだと。辰流は率先して告げた。取りに戻って歩いて帰るから先に行っていいと。息子の自主的行動を無下にする親ではなかった父母は仲睦まじくショッピングへと向かった。

 自家の墓に置かれていたライターを手に、さぞかし他家もご先祖様方々が現世に舞い戻って来ているのだろうなどと、誰もいない墓地のうら寂しさを紛らわすようなことを考えていると、一握り程の火の玉が、ふと視線を向けた十数メートル先で揺らめいているのが見えた。よもや夏の定番が自身の現前で起こるなどと微塵も思っていなかった辰流の背中に、じっとりと脂汗がにじみ出始めた。

 焦点を集中してみると、衣類か何かの端が燃えているように見えなくはない。墓地にいるのは辰流のみ。このまま見過ごして、一帯が炎天下ならぬ火の海地獄になった結果、放火犯に疑われることは耐え難く、まっしぐらに消火活動へ。

 霊的現象かとの早合点は、視覚がその機能を十分に果たすようになると、はっきりと誤認だとわかった。衣類か何かに見えたのは細長い布で、しかも宙に浮いている。これはよもや霊云々というよりUFO絡みのエイリアン某の御登場かと論理から空想に飛躍しかけた、その瞬間である。間近に迫った、その宙に浮く布に、小石ほどの、今度はまさしく燃え盛る小玉が一つ降って来るのが見えた。

 駆けたまま思わず左手を伸ばした。利き手ではないのだが。落下する火の玉が布をさらなる炎上させるのを防ぐために。

水桶を借りてきて、地面に墜落した火の玉とその巻き添えを食らった布ごと水をぶっかければいいのだと考えるべきだったと後々になって思ったのだが、悔いは後にしか残らない。

 まるで隕石のような火の玉は辰流の左下腕を貫通後、地面で瞬く間に氷のように溶けて跡形もなくなってしまった。駆ける勢いのままだったため、布の端でくすぶっていた火を、火の玉が貫通したままの左手の平が握って消していた。

 物が肉体を貫通する痛みなどそれまで体験したことのなく、先ほどとは比較にならないほどの汗がどんな激辛料理を食べたらそんなに出るのだろうというくらいに体中から溢れ、その激痛に膝を屈し、叫び声を上げようとした。


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