円安売り(創作落語)
子は親の鏡なんてよく言いますが、やっぱり子供というのは素直ですから、特に小さいうちは親とおんなじ仕事をやってみたいと、まあこう思うことが多いわけですな。商人の子は商売に興味を持ち、タレントの子はタレントになりたいと思い、落語家の子は落語に…いや、これはあんまり聞きませんね。まあとにかく、子供というのが周りの大人の真似をしようとしますが、そううまくいかないのはいつの時代も同じでございます…。
「おい、定。定吉やい。…嫌だな、聞こえないふりをしてるよ。定吉!おい定吉!」
「なんだ、一回言えば聞こえるってんだ、もう…。はーい!旦那ぁ。お呼びですか?」
「一回で聞こえるなら一回で来ないか」
「いけね、聞こえてたのか。いえ、ほんの冗談ですよ…。それで何の御用です」
「ああ、隣町までほんのひとっ走りお使いを頼みたくてな。ほれ、ここに買ってきてほしいものが書いてる」
「へぇ、一っ走りねぇ…。いや一っ走りってのはいいですけどね」
「なんだ、駄賃が欲しいのか」
「へぇ。早く言えば…。あまりのお足はいただいてもよろしいですか?」
「遅く言ったっておんなじじゃないか。意地汚いね、どうも……。いいわけないだろう。お前には毎月ちゃんと決まった心づけをあげてるじゃないか」
「旦那、あんなもんじゃ今日日の若者は遊びにもいけませんよ。大体ね。令和のこの時代に丁稚奉公なんていうのがそもそも時代遅れなんですから。いまだにお給料もないお小遣い制なんていうのが世間に知られたら、ブラック企業だなんて旦那がバカにされますよ」
「ちょっと待て。今、令和といったか」
「へぇ、言いましたが…」
「そうか。いや、すまない…。少し勘違いをしていたようだ。確かに今の時代、月に一度の心づけでは苦しいだろう。よしわかった。次からお前には決まった給料をくれてやる」
「わーい。ところであまりのお足は」
「なんだってお前さんに釣り銭くれてやらなきゃならねぇんだ。さぁ、さっさと行ってきておくれ。ちゃんすぐに帰ってくるんだよ」
そういうわけでお使いに出たわけですが、街に出れば色々と遊びに行きたくなるのが子供というものです。
「チェっ、つまらないね、どうも。ほんの一っ走りったって往復で一里はあるじゃねぇか。現代っ子にはなかなかの距離だよ。買い物リストはえーと、なになに…。ワカメ、ひじき、昆布…。海藻ばっかりだ。旦那は亀にでもなっちゃうのかな。あとは…、スカルプD。あー、わかったぞ。ハゲを気にしてるんだ。これはいらないだろうなぁ、今更手遅れだっていうのに。あとは、これは軟膏か。これもいらないだろ。ハゲにケガなしなんていうくらいだから。こんなものアマゾンで買えばいいのに。そうだ。これ終わったら映画に行こう。旦那には後で言い訳すればいいや。今は確か…トップガンの続編がやってるはずだな。最初が良かったから続編もきっと面白いんだろうな。よし決めた」
ということで定吉、とっとと買い物を済ませ早足で映画館へ向かいます。
「旦那には何て言い訳しようかな。…そうだ!野良犬に追いかけられたことにしよう。それならそんなにおかしくないだろう。あまりのおあしもそのときに落としたってことにしよう。…よし着いた。えぇーっと、上映時間は、と。お、ちょうど今からだ。よし、チケット代は千円ちょうどだな。それでおあしの方は百円玉がひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ…あれ?ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ…。あれ、おかしいな。足りないや。ちくしょう、これじゃ映画が見れないや。いつもだったら千五百円くらい余るのになぁ。悔しいなぁ」
仕方なしにトボトボと店に戻ります。
「へぇ、ただいま戻りました」
「おお帰ったか。少し遅かったんじゃないか?」
「へぇ野良犬に追っかけられまして」
「そうかい?それにしちゃあ早かったね」
「へぇ、子犬だったんです」
「子犬に追いかけられたのかい、どうもみっともないね」
「そんなことより旦那、旦那から預かった銭ですがね、あれ足りませんでしたよ」
「あれ、本当かい。それじゃ何が買えなかったんだい?」
「いえ、頼まれものは全部買えました」
「どうもいってることがよくわからないね。じゃあ良かったじゃないか。余りの銭をおくれ」
「はい」
「えーっと、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ…あれ?こんなもんかい?も少し余ると思ったんだけどな」
「あたしも思ってました」
「お前、ねこばばしたんじゃないだろうね」
「だからねこばばするにも足りなかったって話をしてるんですよ」
「何だと?じゃあやっぱりねこばばしようとしたんだな。」
「あ、いや、犬に追いかけられて落とそうとしました」
「何だい、落とそうとしたって。犬だか猫だかわからないけどね、大体今どき東京に野良犬なんかいるわけがないんだ。え?江戸時代じゃあるまいし。大方おあしが余ったらそれを握って映画でも見に行こうとしたんだろ。それで足りなかったから仕方なしにトボトボ帰ってきたんだ」
「え?旦那見てたんです?」
「なんだい図星かい。お前さんの映画好きにも困ったもんだよ。いとまだってちゃんとあげてるんだから、そしたら観に行けばいいというのに。しかしお釣りがこれだけというのはなんとも不景気だねぇ。近頃は何を買うにも高くていけねぇや。円安ってのは困ったもんだね」
「旦那、その円安ってのは、そりゃ一体なんなんです」
「なんだ、お前円安を知らないのか。困ったねこりゃ、商屋の小僧が円安も知らないんじゃ。日ごろ新聞やニュースを見ないといざという時に困るんだぞ。…やだね照れてやがる。褒めてるんじゃないんだからな。よろしい、円安というのを教えてやるからな、ちゃんと聞くんだぞ。まあ簡単に言えば日本のお金の価値が下がるということだな。今まで百円で買えていた外国の品が百五十円くらいになってしまう。私ら商屋としては外国のいろいろな品を入荷したいわけだからこれは厳しい。しかし逆に外国の人から見たら今まで百五十円の価値があったものが百円ほどの値段で買えてしまうようになるわけだから嬉しいわけだな。…おい、聞いてるのか。おいったら」
「ぐう」
「…いびきなんかかいちゃってるよ。こっちが馬鹿馬鹿しくなっちゃうな。おいよ!」
「は!聞いておりましたよ」
「嘘をつけ。ぐうなんていびきまでかいていたじゃないか」
「いやだから、あんまり良かったもんだからグゥッドって」
「くだらないこと言ってんじゃないよ。聞いてたってんならあたしに説明してみなさい」
「だからまああれですよね。円安のせいで、こう品が売れなくて困るという話でしょう?」
「え?うーん、まあ大体そういうことだ」
「それならあたしにとっては問題じゃねぇや。」
「なんでだ」
「来月からちゃんとしたお給料がいただけるんでね。今更多少値上がりしたってそんなに変わんねぇです」
「あぁ、それなんだがな。なに、大した話ではないんでがな…あまりそんなきらきらした目で見るな。話しづらい。…いや、お給料の話なんだがな、うちもこの頃の不景気のせいでなかなか経営が厳しくてな。さっきのお給料の話はもう少し待ってもらえんか」
「なんですって?旦那、それは約束が違いますよ!」
「お前も知ってるだろう、物価が高くなっちゃってお客が来ないんだ。近頃は私も大好物の酒を絶ってる。辛いのはみんな同じだ。代わりにご近所で聞いたライフハックで番茶を薄めて飲むというのをやっているんだが、これがまたすごい。見た目だけなら本当にお酒そっくりなんだ、これが…」
「旦那、そりゃお酒じゃなくてお茶け…、なんだかどこかで聞いたことある様な感じだな。いや、そう話を逸らそうったってそうはいきませんよ。とことん追求しますから」
「いや、これに関しては本当にすまないと思っている。一度吐いた言葉を取り消してくれなんていうのは都合がいいことも承知だ。だがな、前にいた小僧もその前にいた小僧もみんな住み込みのお小遣いでやってきたんだ。俺だって昔はそうだった。今更お前に給料をあげるったってそれじゃあ今までの小僧たちに申し訳が立たない。お小遣いすらない人だって世の中にはごまんといるんだぞ。な?だからそんな目で見るなって…。なにもあったものをなくすってんじゃないんだ、ないものがなくなったってだけなんだから…。ほら、さっきの釣り銭の六百円だ、これはお前にやるからどうか堪忍しちゃあくれねぇか」
「いや、勘弁ならないです!何もあたしはお給料が出ないことに怒ってるんじゃないんですよ。旦那は一度吐いた言葉をたった六百円で無かったことにしようとしてるんだ。その浅はかな根性が気に食わないって言ってんですよ!」
「テメェな、黙って聞いてりゃなんだその言い様は!小僧の身分で旦那に口を出し、あまつさえ金までせしめようなんていう考えがそもそも生意気なんだ!誰の店で今まで食わせてもらったと思ってやがる!」
「そうおっしゃいますが大体ね、店の経営が厳しいのだって旦那の裁量が不味いからでしょう!人のせいにしてるけど旦那の経営がもっとうまけりゃあたしにお給料を出すくらいなんてことはないはずなんだ!」
「あぁ!そんなにいうならじゃあテメェ一人でやってみろい!」
「あぁ、そうさせてもらいますよ!しばらくの暇をいただきます!独立して大商屋になっても吠え面かくなよ」
「世間知らずが何言ってやがる。商売ってのはそんなに甘くねぇんだ!儲けがねぇつって泣いて帰ってきてもうちの敷居は跨がせねぇからな!」
「もう毛がないのは旦那でしょうが!」
と、こんな具合に飛び出してきてしまった定吉ですが当然後のことなんか何にも考えてないから、すぐに困ってしまった。
「さて、弱ったぞ。店じゃいっつも雑用ばっかりだったから商売なんてまともにしたことないからな。あと二三時間程度どこかで適当に時間を潰したら、泣いて帰るか…。いやしかしそれじゃ面白くないな。あれはどう考えても旦那が悪い。今どき小遣いで働かせようっていうのがそもそも腹の底が浅いんだ。あたしの方が泣いて謝る筋合いはない。旦那が泣いて謝るべきなんだ。となるとやっぱり商いをやってみて、大稼ぎしてから神輿に乗って会いに行ってやるか。しかし商いをするにしても売るものがなくちゃ始まらないな。それくらいはわかるぞ。手元は六百円だから、これを元手に…えーっと。売るにしても売れないものを売ったって仕方がないからな。今履いてるこの股引を売ってみるか…。いや流石に売れねぇな。こんな古汚ねぇのあたしだってイラねぇくらいだもんな。そういえば、旦那は円安のせいで品が売れない様なことを言っていたな。弱ったな…。…待てよ、円安のせいで品が売れないっていうのはつまり、円安ってのがよっぽどいいものなんじゃないか?他の商品がいらなくなるくらいみんな円安を買っているってことなんじゃないか?しめしめ見えてきたぞ。円安のせいで品が売れねぇってんなら、その円安を売っちまえばいいんだ。みんなここに気がつかないところを見るとやっぱり俺には商売の才があるんだろうなぁ。よし、ここは一つそこらの人に円安売ってる聞いてみるか。お、ちょうどいいところに八百屋の親父がいる。おーい、おじさん!おじさん」
「へい、いらっしゃい」
「おじさんの店に円安売ってない?」
「…なんか変な坊主が来たな。あのな、円安ってのは売るとか買うとかするもんじゃねぇんだ。」
「へぇ、じゃおじさんは円安買ってないの?」
「売ってたって買わねぇや、うちは散々迷惑被ってるんでぇ」
「あ、そう。こりゃどうもありがとう…あれ?実はそんなに流行ってないのかな。あ、今度は自動車屋がある。ここでちょっと聞いてみようか…。ごめんくださいまし!」
「はいはい、いらっしゃい…。なんでぇ、ガキか」
「おじさんのとこに、円安売ってない?」
「円安だ?お前そんなもん売ってるわけねぇだろ」
「へぇ、じゃあおじさんは円安買ってないの?」
「買うわけねぇや」
「じゃおじさんは円安が嫌いなのかい」
「嫌いってこたぁねぇな。うちは円安のおかげで他所で車が売れまくるから大助かりなんでぇ」
「あ、そうなんだ。どうもありがとう…。よくわからないな、あるところでは円安で喜んでて、あるところでは苦しんでる…ますます円安ってぇのがなんだかわからねぇや。ちょっと和尚さんのとこに行って、円安ってのがなんなのか聞いてみるか」
ということでお寺までやってまいりましたが、この住職さん、浮世を離れ古い書物に明け暮れたり修行に勤しんでばかりいるせいか、実はあまり最近のものを知らない。しかし、知らないくせに知ったかぶる悪い癖があるのでありました。
「和尚さん、和尚さん!」
「あぁ、これは商屋さんとこの。今日はなんの御用で?」
「いやね、今日来たのは使いじゃないんですよ。実はさっきね、あたし独立しまして」
「なんと、それは妙だな。お前さんはまだ年端もいかない子供じゃないか。旦那さんも承知しているのかい?」
「えぇ、まさに怒鳴りながら送り出されたところで」
「それは追い出されたというんだ。なんだ、また喧嘩したのか」
「えぇ、そういうわけであたしはこれから一人で生きていくことになりましたので和尚さんのお知恵を借りたいのですが」
「なるほど。しかしだな、商い三年という言葉がある。お店が軌道に乗り利益が出る様になるまで三年はかかるという意味だ。それほどまでに商いというのは難しいものなんだな。特にお前さんのような子供がおいそれとできる様なものではない。わかったらほれ、さっさと店に帰って頭を下げて来んか」
「今更頭なんて下げられないですよ。後生ですから、ね!どうかここは一つ」
「うーむ、困った。しかしまあ、失敗から学ぶというのも大事なこと。子供が挑戦しようというのを頭から否定するのは、良くないな。ウン。よし、わかった。私が力になれることなら、できるだけのことをしよう。なんでも聞いてみなさい」
「本当?じゃあ、円安って何ですか?どこにあるんです?最近街でよく聞くんですが流行り物なんでしょ?」
「ふむ、まいったな…知らない単語が出てきちゃった。エンヤスというのは一体なんだろうか。…いやこっちの話だ。気にしなくていい。…何?当然知ってるとも。神仏に仕え神仏の言葉を伝えるもの、常に世に精通し勉強を絶えてはならないのだ。よろしい、では教えてあげよう。まず万の言葉には全て元となる意味がある。まずエンヤスの円、これには円環、すなわち丸い輪という意味がある。そしてヤス。これは字に書くと糸編に爪に女で綏。これは古い言葉で車の中で掴む綱の意がある。どうだ、これで分かったか」
「いえ、さっぱり」
「お前さんはどうも要領が悪いね。つまりだな、エンヤスというのは車内で掴むまあるい輪、すなわち吊り革という意味だ」
「…へぇ!やっぱり和尚さんというのは偉いね。なんでも知ってるや。そうか、円安というのは吊り革のことだったのか。和尚さん、どうもありがとう!」
「ああ、頑張るんだよ」
「そうかぁ、円安というのは吊り革のことだったのか。しかし、なんでそんなものが流行っているんだろうか…まあいいや。しかし困ったぞ、吊り革なんてますますどこにあるんだかわからないや。ちょっとあそこのおじさんに聞いてみるか…おーい、おじさん!おじさん!」
「なんだ、坊主」
「おじさんの店に円安売ってない?」
「何言ってんだ?円安を売る?馬鹿言っちゃいけねぇ。あんなもん売るとか買うとかってぇもんじゃねぇんだ。売ってたって買わないけどな」
「あぁ、このおじさんもトンチンカンなこと言ってら。…ひょっとしてこのおじさんも円安をよく知らないんじゃないかな…。おじさん、じゃあ吊り革知らない?」
「あぁ?吊り革ってぇのは電車にぶら下がって先っちょに輪っかがついてるあれか?」
「そうだよ」
「お前そんなもん…あるよ」
「あるの⁉︎」
「だってお前、うちは吊り革屋だからな」
「あ、そうだったのか。吊り革屋だったのか。確かによくみたらそこかしこに吊り革が吊ってあるわけだ」
「おうよ、好きなのみて行ってくれい」
「じゃあ六百円で買えるだけくれ」
「バカ言っちゃいけねぇ、うちの吊り革は他とは作りが違うんでぇ。一番安いやつでも皮は上等なクロコダイルの本革、持ち手は大理石を削って作ってる。少なくとも、三万円からだな、ウン」
「円安ってのはそんなに高級なもんだったのか…。仕方ない、諦めよう」
「まあ待て、実は俺も客がいなくて困っているところなんだ。つり革の魅力ってのは世間じゃあまり通用しないらしい」
「え?円安って流行ってるんじゃないの?」
「お前が何を言ってるのかはさっぱりわからないが、リボ払いと言って、商品を先に手に入れてから月毎に少しずつ払って行くというこれがまあ賢い仕組みがある。本当は初月からちゃんとした額をもらうんだが、お客さんは今手持ちが少ない様だから初月は特別に六百円でこの吊り革を譲ってやってもいい。」
「へぇ、リボ払いってどんなに高額な買い物をしても毎月少しづつ支払うんでいいんだね」
「そうとも、他にも上等な水牛の革に水晶の持ち手の吊り革が四万、象皮に象牙で六万…」
「リボ払いで適当におくれ」
「毎度!来月からちゃんと支払いがいくからね!来月以降の支払いはこれに書いてあるからね。…はい、ちゃんとポケットに入れたからね、坊ちゃん帰ったらお父さんやお母さんに見せるんだよ!じゃまたのお越しを!」
「なんだか得しちゃったなぁ。いいのかなぁ、こんなに得しちゃって。店主がいい人でよかったなぁ。じゃあ後はこれを売るだけだな、よーし。えー、えんやーす、えんやーす、えんやすでござーい。えんやーす」
と、まあ街の真ん中で大きな声を張り上げるもんだからみんなが見にくる。
「おや、なんか変なのがいるね。え?えんやーすえんやーすだってなんだろうね。いや、ヤンキースじゃないんだよ、確かにえんやーすって、ほら。おーい、お前。…そうだよお前だよ。えんやーすえんやーすってこりゃ一体なんなんだい」
「へぇ円安を売っております」
「何言ってんだかわからないね、どうも…とにかくこんなところでそんなもの売るのはやめてくれ。うるさい上に縁起が悪くてたまらねぇや」
「あ、さいですか。じゃ場所を変えますんで…」
「おい、ちょっと待て。こりゃ一体なんだい。え?見事に加工された大理石に上等なワニ革が貼ってあるぞ。俺は質屋だからわかるけどな、これは大変な上等な代物だぞ。え?お前さんこれ一体いくらで譲ってくれるんだい」
「え?あ、しまったな。値段を考えてなかった。確か値段ってのは仕入れた値に幾分かの利益分をつけて売るんだったな、仕入れ値は…全部で六百円か。するってぇと。うーん。…よござんしょ、大負けで一個五百円でお譲りしましょ」
「なんだと!どう考えても三万円はくだらないぞ!おーい、みんなてぇへんだ!この店とんでもないもの売ってるぞ!おい俺に一つくれ!」
「私にも一つ!」
「こっちにも!」
ということであっという間に円安売りは押すな押すなの大盛況。噂を聞きつけ旦那もやってくる。
「おい、とんでもねぇ出店があるってんで来てみりゃ、ありゃ定吉じゃねぇか。定吉!おい定吉やい!何やってるんだお前は!」
「ああ、旦那じゃないですか!どうですか、この繁盛ぶり!やっぱりあたしには商才があったってことですね!悔しいですか、旦那⁉︎」
「バカ!そんなこと言ってる場合か。お前こんな上等なもんどこで…一体いくらで…五百円⁉︎お前一体どこまで馬鹿なんだ。え⁉︎それでこんなもんどうやって仕入れたんだ」
「へぇ、リボ払いって言ってましたね」
「リボ払いだと。支払い明細書はもらわなかったか⁉︎…来月払う文が書いてある紙だよ!あぁ、それだ。えぇーっと、月々十万円、四八回払い……………………………………」
「…なんか大変なことになってますか?」
「…ま、まあいい。これは私が立て替えるから。お前は少しづつ私に返せ。いいか、しばらくの間小遣いは私への返済に充てるからそのつもりでいろ。今回のことはよく反省し、よく商売の勉強をするように」
「は、はぁ…えぇーっと、とりあえず今回の売り上げはどうしますか?」
「いくらだ」
「四千五百円です」
「…それはもうお前がもっとけ」
「へぇ、どうもすみません。参ったな、大変なことになっちゃった」
「…ただでさえコロナが流行ってて大変だったってのに円安に加え大バカときたもんだ。儲かるもんも儲からねぇや」
「待ってください?そのコロナってのは一体なんです?」
「今流行ってて大変なもんだよ‼︎ったく…」
「ふーん、あそう。流行ってんだ…。するってぇとあれかな、コロナってのは売れるかな」