優しいあなたへ
前作「傷だらけの君へ」の翼視点からではなく、今回はかなで視点です。
いつも通り、鍛錬後は翼と帰る。明日行う遠征のことを話して今日はもうここでさよならだ。急に寂しくなり、路地裏のさらに路地に翼を呼ぶ。
どうしたの?と口を開こうとしたのだろう、そんな口にキスをする。
やはり慣れない、恥ずかしい。顔が赤くなってしまう。
「じゃあ、また明日ね」
恥ずかしく赤くなった顔を隠すように、小走りで立ち去った。自分の唇に翼の感覚があることが嬉しくて、唇を触ってしまう。その感覚を嬉しく思いながら、騎士団の寮へついた。
ーーー
酷い戦火の街があり、そこへ立ち寄った。外への見回りを兼ねた訓練で、街が燃えているが人は逃げたような痕跡のある村に来た。何だこれは、人が暴れたような跡じゃない…そう思って、いると空から「何か」が詰めてくる。
「総員位置へ!!!」
隊列を組む。しかし、その刹那「何か」は次々と手も足も出ない隊員を倒していく。何なのこれは…!!
腕っぷしのいい隊員や動ける隊員がなんとか攻撃を仕返すが、びくともせず、逆に返り討ちにされ酷い怪我を負う。入隊したてのヒスイだけが、その「何か」に吹き飛ばされただけで済み、動けている。撤退の指示を出す。
「総員撤退!!!ここは私が何とかするから!!」
「でも、小隊長が!!」
痛そうに腕を抑えている、骨が折れているがまだ動ける。足も捻っている様子だ。よく見ると腕足以外にも横腹に攻撃を受け、血が流れている。無茶をさせることになるが動けるのはヒスイしかいない。
「私はいいから早く!!!応援を!!」
仲間を逃がそうとすると「何か」に一気に間合いを詰められる、剣で攻撃を防げたと思った刹那、剣は目の前で爪で両断された。その勢いを利用し吹き飛ばされる要領で「何か」と距離を取る。その様子を見て、血走った目で間合いを詰められる。なんとか攻撃は目で追える速さ、それを必死に避けていると、隙を狙って先程逃した仲間の元へ「何か」が走っていく。ヒスイは足を怪我しており走れない。急いで、私が走ってその「何か」の前へと阻む。
「お前の相手は私。仲間は絶対死なせない」
相対するとこの化け物は殺気を放っていた。その場に落ちている剣を拾い急いで応戦する、また簡単に剣が砕かれる。仲間だけでも助かってほしい。戦ってる音に気づき、ヒスイが振り返って声をかけてくる。
「小隊長!!!」
「早くあなたは逃げなさい!!!!」
声を聞いて、さらに攻撃の速度が上がる。ヒスイ早く、あなたが助けを呼んでここに倒れている仲間を助けてあげて、私のことはいいから。剣が近くに落ちていない、まずい。急いで化け物の方を見る、爪が顔を掠めた。頬から血が流れ出る。わざと攻撃を外した、舐められている。楽しそうにケラケラと笑っていた。私は悔しく睨みつけ、落ちていた剣を見つけ、思い切り剣を振るい同じように顔に傷をつけてやった。こいつも笑うのに必死で完全に気が抜けていた。顔からどす黒い血を流している化け物を鼻で笑ってやる。化け物は血相を変えてこちらに迫り、怒涛の攻撃が始まる。剣で攻撃を受けたら折られてしまうなら流すしかないと戦法を変えて、力任せな攻撃を受け流し剣にダメージを減らして応戦する。突然、圧倒的な力と速さで爪を振り下ろされる、攻撃は見えたが避けられない。なんとか防御の姿勢を取るが、剣が粉々に砕け、その勢いのまま胸を爪で抉られる。鮮血が目の前で溢れるとともに襲う激痛。私はもう「助からない」ここで死ぬのだと悟る。この傷の深さは、今から手当しないと助からないほどの傷だ。思い切り振り下ろされた力を利用して先程と同じ要領で距離を置く。不敵な笑みを浮かべ、また私へ距離を詰める。今は手元に剣がない、急いで避けられる体制を取るが目に追えない速さで爪が視界に入りまたも頬を掠めた。血がダラリと流れる。殺気を保ったまま、私の前に距離置いて立つ、化け物は爪についた血を舐めて、「次はない」と言っているようだった。そして、笑いながら落ちている剣を指差し、拾えと動作で言っている。遊ばれている、悔しく、拳を握りしめる。その時、指を差していた剣の近くに倒れていた隊員が目を覚ました。
「小隊長、俺も戦います………」
まるで目を覚ますとわかっていたような立ち振る舞いだった。その立ち上がろうとする隊員を見て、化け物は一気に距離を詰めて殺しに行こうとする。その隊員のものであるだろう剣を拾いって、私も化け物と距離を詰め、倒れている仲間に入れようとした攻撃を受け流す。その攻撃に私はふらついてしまった。傷が深く、出血も酷いせいで意識が遠のきつつある。その様子を見て愉快そうに笑う化け物。いいさ、遊び相手になってやる、でも仲間は誰も犠牲になんかさせない!!動こうとする隊員に声をかける。
「私は大丈夫。あなたの傷を止血なさい」
思い切り足を踏み込み、化け物に距離を詰めて剣を振り下ろすが、簡単に避けられ、また攻撃をかわし時間だけを稼ぐ。仲間へのところだけは行かせまいと踏ん張る。
もう私の身体が限界というところで、遠くで見覚えのある声が聞こえた。応援に来た翼と他の部隊だった。私の唯一動けたヒスイはなんとか逃げらきれたらしい。ほっとしているのも束の間、その「何か」は大勢の隊員を見て劣勢と判断したらしい、仲間が合流し気を緩めている隙に身体を思い切り振り払られるた。その瞬間に見えた化け物は愉快な笑顔を浮かべており、どこかへ去っていく。人離れした力で振り払われた身体は、思い切り建物に叩きつけられる。人体からしてはいけないような音が響き、強烈な痛みと共に私は意識を失った。
ーーー
目を覚ますとそこは病院だった。色々な管に繋がれ、なんとか生かせようとした努力が見える。私は生きているらしい。そんな自覚とともに背中と胸に激痛が走り、その痛みでまた意識を失う。
次に目を覚ましたのは3日経ったときだった。その時は意識がしっかりしており、痛みはあまり感じない。痛み止めが投与されいるらしい、そう思っていると、担当医らしき人物が私のところへ来た。
担当医がいうに私は3ヶ月近く、目を覚まさなかったらしい。助かったのは奇跡だ、とも、でも私が一番ショックを受けたのは背中の骨折で歩けなくなるかもしれないということだ。現状では、歩くことは困難。数%の可能性で歩けるようになるかもしれないが、辛いリハビリをしてもらうことになると。リハビリをするのはどうってことないだろう、でも歩けないのは話が別だ。騎士を続けられなくなる、父に見捨てられる、皆からいらないと言われる。そんな考えが堂々巡りに私の感情を蝕む。騎士じゃない私にはなんの価値もない。
ーーー
目を覚ましたことを聞いたのか、慌てたように病室に入ってくる人物がいた。翼だ。泣いて喜んでいる、痛み止めが効かなくなり、うまく受け答えができず意識が薄くなる中でも、生きていて嬉しい。みんなも生きているよ。ありがとう。と泣きながら言っているのは分かった。
それからも毎日見舞いに来てくれる翼にうまく返事はできず、頷くことしかできなかった。
目が覚めてからというものこの姿を見られるのが恥ずかしくて、翼以外の見舞いをやめてもらうように病院へお願いした。本当は翼にですら、こんな姿見られたくない。こんなに弱り、傷だらけで、今では歩くこともできない情けない姿だ。でも、翼は親族の代わりに私の様態を説明されている。避けても知られている、ましてや面会謝絶なんてしたら心配されてしまうだろう。
ーーー
しばらく入院し、身体を動かしてもいいようになった。生活で困らないように車椅子の練習、そして歩けるようになるためのリハビリをした。
今日のリハビリで分かった、私は騎士に戻るのは数年、いや戻れないかもしれないほど重症だった。まるで自分の身体ではないような重さ、車椅子ですらやっとだった。酷く絶望する。なんで助かってしまったんだろうか。病室に戻ると自然に涙が出てきてしまう。翼が来る前にこの涙を抑えないと、と思い急いで感情を抑え込む。
「かなで、お見舞い来たよ」
優しい声色で、病室をノックして入ってくる翼。
「今日は痛みとか大丈夫?無理しないようにね。」
優しい言葉を聞いて、また涙が出そうになるが堪えた。彼はいつも優しい。その温かい声で言葉を続ける。
「退院したら、俺の家に来なよ。前にもかなで言ってたけど寮なんでしょ、かなでの部屋は3階だし、俺の家部屋余ってるし平屋だから過ごしやすいと思うんだ。」
そんな提案をしてくる。迷惑になるのは分かりきっている、私は首を大きく横にふる。
「大丈夫だよ、なんとか部屋探すから迷惑になっちゃう。」
「その身体で無理は禁物だよ。一緒にいたら手伝ってあげられるし、かなでだってリハビリとかに専念できるでしょ?」
確かにそうだ、この身体じゃ何もできない。でも、でもと言葉を続けて反対するが何度も押し問答するうちに説得され、一緒に住まわせてもらうことにした。
ーーー
一人でベットから起き上がり、車椅子に乗る動作ができるようになったタイミングで退院した。
久しぶりに彼の家に行くと私が生活しやすいように部屋の段差が一切無くなっており、私が食事しやすいようにと低い机まで用意されていた。
ここまで準備してくれたんだと関心する。やっぱり迷惑をかけている。と後ろめたさを感じてしまう、こんな生活の形を変えてまで私を受け入れる必要なんて無かったのに。完全にマイナス思考が癖になり、なんでなんでとなってしまう。
「かなで、これからよろしくね」
翼が目を合わせようと車椅子の高さまで視線の高さを合わせてくれるが、うまく目を合わせられない。顔を見れない、怖い。ずっと下を向いていたい。いつの間にか私は喋ることも苦手になっていた。頷くことしかできなかった。
新しい生活が始まるのはいいが、肝心の父から音沙汰が全くなく、非常に怖い。怪我が治ったら騎士として戻っていいのだろうか、そんな淡い期待を持ってしまう。そんなことをあの父は許さないのは嫌というほど知っている。「いらない」と言われたら私はどうなるんだろうか、暗い思考をずっと続けてしまう。
しばらく翼と生活をしていると、なぜ私は生きてるの?とずっと思ってしまう。立つのもやっとで、歩けずに生活のほとんどを翼に補助してもらっている。その度に彼の邪魔になっていることに罪悪感を覚えてしまう。それでも毎日笑顔で支えてくれる翼の顔が私には辛かった。顔を見れずに会話もとうとううまく出来なくなった。苦しい。
そんな毎日を過ごしているとリハビリ後に皆が訓練でいない時間を狙って、騎士団宿舎に来た。郵便物がこちらに届いてしまうので、時々こうして覗きに来る。
私宛に来る手紙などないが覗きに来るのは、仕事関連の書類がある可能性があったから。今日は珍しく量のある手紙の中に、とても嫌な見慣れた文字が現れた。…………父からの手紙。人目のないところへ移動し中を見る。「明日、戻ってくるように。」今日の日付とたった短い一言記された手紙だった。私が郵便物取りに来る日程を把握されていたようだ。なら、私が歩けないことも知っている。怖い。怖い。怖い。何を言われるんだろうか…予想はついてるくせに、その先を考えたくない自分がいた。
ーーー
いつも通り、顔を見れずにおはようをいう。そうすると彼の優しい声でおはようが返ってきて口づけをされる。いつも私が目覚める頃には食事は用意されていて、早起きして作ってくれる翼には感謝しかない。
「朝ご飯あるから、一緒に食べよう」
私は怪我してからというもの食が細くなり、ほとんどを残してしまう。それも申し訳なく、俯いたまま頷く。
「今日、用事があるから外出する」
うまく顔の表情を隠したつもりだが、どうやら顔に出ていたようだ、心配そうに翼に声をかけられる。
「かなで、俺もついていくよ。」
間髪を入れずに私は返事をした。
「一人で行くから大丈夫。」
私のことだから、あなたにこれ以上迷惑かけられない。
心配からか、普段よりもよく話題を振ってくれる彼だが、私はまともに返事もできずに頷くことしかできなかった。
「いってらっしゃい」
今日、休みの彼は私を玄関まで見送ってくれた。一人で行くことを許してくれたみたいだ。私は父が住む実家の屋敷に向かう。怖い、怖い、怖い。その感情しか無かった。
ーーー
屋敷につくと父が私を呼び出すときに指定の広間へと急いで車椅子を動かす。
…………そこには後ろ向きで立っている父がいた。思わず息を呑む。私にとって絶対的な存在で恐怖の象徴。師であり父であり、支配者であった。呼び出されたら私から声をかけなくてはいけない。
「父上、本日はどのようなご要件でしょうか。」
歩けていたときは膝をつき、頭を低くして話始めるのを待ったが、今はそれができない。車椅子に座ったまま頭を必死で下げる。
ー沈黙ー
私の心臓の鼓動が酷くうるさい。冷や汗も出ている。
父はなかなか話さない。ただひたすらに待たなければならない、そういう《掟》だ。父の息を吸う音が聞こえた。
「歩けなくなったらしいな。」
「はい」
「騎士は続けられないな」
「はい」
背を向けたまま淡々と話す父。また、しばらくの間沈黙する。この間は、私に良くないことをいう、失望したときに使う間だ。やめて、父上…………
「お前は、騎士でも何者でもない。ただのお荷物だ。……………私の家族をやめろ。名を名乗るな。」
「………」
「聞こえなかったか?家族の恥だ。レムフォント家の恥だ。一族の汚点だ。騎士団も除籍させてある、二度と騎士と名乗るな。私に泥を塗ったな」
心臓がうるさい。うるさい。うるさい。冷や汗が止まらない。言われると思っていた。でも、ただ歩けなくなっただけで、なんで………今まで、父の為に、一族の名を守るためにあんなに頑張ってきたのに……………
やっぱり私はあのときに死ぬべきだったんだ。騎士じゃない私には何も価値なんてない。ただの邪魔者。
頭が真っ白になっている状態で、父がさらに追い打ちをかけるようにいう。
「何度でもいう。一族の恥だ。」
真っ白な頭で父に叫びながら言い返している自分がいた。
「今まで、父上の理想通りやってきたのに、歩けないだけで捨てるのですか?また歩けるようになるかもしれないのに!!!!」
「歩けるようになる?だから何だ。今は歩けないのは紛れもない事実。騎士を続けられないお前に価値はない。ここから出ていけ!!!!」
父の怒号が響く。捨てられたんだ…………わかってた。でも、どこかで歩けるようになるなら騎士でいてもいいと言ってくれのではと思っていた自分がいた。今まで父の言う通りに生活してきた。交友関係も騎士としての振る舞いもすべて、私の生きる意味の全てだった。絶対的な存在に価値がないと言われてしまった。もう、もう私はいらない存在だ。
ーーー
頭はそれでいっぱいなのに、身体は自然と翼の家に帰っていた。
「おかえり」
音として、声を捉えるが返答ができない。ただの雑音のような感じだった。
いらない、いらない、いらない。私はいらない。
そんな考えをしているとまた声をかけられる。
「かなで、顔色が良くないよ。何かあった?俺に話してほしい。」
今度は雑音ではなく、翼の声として聞こえた。ゆっくり息を吸って答える。
「…大丈夫」
彼には心配されたくない。私自身が平然を装わないと崩れてしまいそうで、なんとか返事をした。でも、翼は、私のことをとても心配してくれる。
「全然大丈夫じゃない、今朝より顔色が良くない。どこか体調悪いの?」
「………」
これには答えちゃ駄目だと思い、無視をして部屋の奥と進むが、翼が後ろから大きな声でいう。
「黙ってないで、何か言ってよ。俺心配だ。最近、ずっと元気ないし、すごく心配してるんだ、話してほしい。」
話すまで、きっと諦めないやつだ。これでも彼とは1年半付き合っている、彼の声色でどんな感情かはわかるつもりだ。話さないと…。覚悟しないとうまく話せない。目をつぶって心を落ち着かせる。話すだけ話すだけ。ゆっくり息を継ぐ。
「……………父に会ってきたの………もうお前は家族じゃないって……一族の恥だって。何のために私頑張ってきたんだろう」
私の感情は正直だった。勝手に涙が溢れて止まらない。
「小さい頃から父の鍛錬に耐えて小隊長にまでなって、怪我して動けなくなったら恥って。騎士として一族として私なりに父の理想像を目指して、必死に生きてたのに。騎士団の除籍と家族をやめるって…私は、私は………………」
ついつい、父に言われたことをすべて話してしまう。口から溢れた本音は止まることを知らない。
ただ静かに続きを待つ、翼に向かって私は本心を言う。
嗚咽が酷くうまく話せぬまま息継ぎをして、吐き出した。
「……………あの時に、死んじゃえばよかったんだ………」
「ッ!!!!」
涙でグチャグチャになりながら、早く涙収まってと必死で顔を覆い涙を拭くが、収まるところを知らない。
必死にそうしていると、翼が私の正面に駆け寄り、私の肩を掴んでこういった。
「俺はかなでに生きていてほしいよ。ずっと一緒にいたいよ。」
嗚咽が出始め、うまく返事ができない。あなただってこんな私いらないはずだ。そんな嘘を言わないでほしい。私はいらないんだ。しゃくりあげなんとか返事をする。
「…あなただって、こんな車椅子で一人で何もできない歩けない私がいたって邪魔でしょう?そんな言葉聞きたくない………」
両手で私は耳を塞ぐ。聞きたくない、聞きたくない。私はいらないんだ、あなたの邪魔になるんだ。その耳に当てた両手を翼に握りしめられ、そっとどかされる。
「俺の本音だよ!!なんでそんな悲しいことを言うんだ!!かなで自身が自分を大切にしてあげてよ!!……なんで、なんで、そんな死にたいだなんて言うんだよ…………俺はかなでと生きたいよ」
こんな時でもあなたは優しいの…………私は邪魔になりたくない。
「…………あなたの邪魔になりたくないの。…だから、別れよう」
久しぶりに翼と目を合わせた。別れようと言ったときの彼の目は驚いていた。
「俺は別れたくない。邪魔なわけないだろう。一緒にリハビリも頑張って歩けるようになったら、また一緒にデートに行こう。歩けなくてもいい、車椅子のままだっていい、2人で一緒にたくさん思い出作ろうよ。別れたいってそれはかなでの本音なの?」
迷惑をかけられない、いらない私、邪魔な私がいたって…
「明日にはここを出るから、今まで迷惑かけてごめんなさい。」
「俺にはたくさん迷惑かけてよ!!かなで一人で抱え込み過ぎなんだ、迷惑だなんて、一度も思ったことない。これからも一緒に暮らそう。一人じゃ駄目だ。」
これじゃあ、押し問答だ。翼には私は必要ない。だから、ごめんなさい。
「…………あなたのことが嫌いになったの。だから別れて…………」
嘘をついた。翼はこれを言わないときっと分かってくれない。出て行かせてくれない、いらない私のことなんてどうでもいいから、見捨ててほしい。あなたが潰れるところを見たくない。
傷つける言葉を口にして目をそらしてしまう。
「なっ………」
「………分かった。俺はかなでのこと好きだよ。元気でね。」
翼が私の言葉に同意した。傷つけたと実感した。彼の感情はすごくわかりやすい。落ち込む子犬のように背中を丸め、自室へ入ってった。ごめんなさい、ごめんなさい、あなたを傷つける言葉を言ってしまって……罪悪感を覚える。なんて酷いことをいったんだろうか……傷つけると分かっていたのに……後悔しながらも明日には出ていくのだからと少ししかない荷物をまとめる。
今までは私の面倒を見やすいという理由で寝室は一緒だった。私の部屋も用意されていたため、今日は同棲して最初で最後に自室のベットで眠る。
ーーー
翼が起きる前に家から出る。今までありがとう。ごめんなさい。罪悪感に駆られながら、家を立った。
ーーーー
かなでを忘れる為に登営したのはいいものの、やっぱり、かなでが心配だった。嫌いと言われたものの嘘と分かっているのに、こんなところで俺は訓練していいんだろうか。あんなに好きな人を簡単に諦めていいのか。一人で大丈夫なんだろうか。ずっとかなでのことでいっぱいで訓練が疎かになる。
「おい、アムル。お前今日はずっとぼーーーーっとしてんな」
「え、あ、うん」
ライトに声をかけられるが、ずっと考え込む。俺はまだ彼女のこと好きだし、かなでが俺の邪魔や迷惑かけるくらいで元気になるなら、それがいい、また笑顔がみたい。やっぱり探そう!!!
「おーーーい、聞いてるか?」
仲間に散々声をかけられていたらしい。
「ごめん、大事な用事あるから訓練抜けるわ。教官に頼んだ!!」
急いで走り出す。街の片っ端に探してやる。諦めるか、俺がかなでと一緒にいたいんだ。
「おい、まじかよ!アムル!!!しゃーねえな!!」
ーーー
全然、いない………どこに行ったんだ…………街中を走り回り彼女を探したが一向に見つからない。街中で聞き込みもしたが車椅子に乗った女性は見ていないという。
彼女はあまり目立つのは好きじゃないし、車椅子になってからは同僚に車椅子姿を見られるのを嫌い、外出しなかったくらいだ。あまり移動はしていないと思っていたんだが………走りながら思考を巡らす。そういえば、まだ行っていない場所があった。郊外のほうだ。子供たちが広く遊び回れて、よくデートで行った思い出の公園がある。もしかしたら、そこに?足の不自由な彼女が怪我する前に急いで向かわないと!!!
ーーー
息も絶え絶えに公園へ辿り着いた。まずは、高台にいける階段へ目指そう。あそこはよく2人でベンチで座って話した思い出の場所でもあるし、公園を見渡せるところでもある。もしかしたら、その高台からかなでを見つけられるかもしれない。階段に辿り着くとそこには階段から落下している人影が見えた。よく見ると、かなでだった。一人で歩こうとしたのか!!!
急いで階段を駆け上がった。間に合え!間に合え!間に合え!俺の足頼むから!!間一髪というところで、宙に浮くかなでの身体を抱きかかえる。
「え??」
驚いてかなでが声を上げる。
「やっぱり、無理。俺が無理。かなでのこと心配で仕事抜け出したら、危ないところだったじゃないか。」
息を整えながら、かなでを見つけられた喜びで笑顔になってしまう。よかった、助けられた。かなでがちゃんといる、それだけで俺は嬉しい。
「かなでが俺を嫌いでも、俺はかなでのこと好きだし、一緒にいたい。俺にはたくさん迷惑かけて邪魔にだってなっていいよ。生活が自分でできるようになるまでは、俺と一緒に暮らそう」
柄にもなく、くさいセリフをいったと思った。でも、これは俺の本心だ。すると、かなでの目から涙が伝っていた。
「死にたいだなんて言葉、大切なかなでを傷つけるのはかなで自身であっても俺は許さない。俺は生きていて嬉しかったよ。君に生きていてほしい」
これも俺の気持ちだ、あのとき目を覚ましたときどんなに嬉しかったか。生きていてほしいに決まってる。
「………ごめん、なさい。あなたを、傷つける、こと言って、ごめ、んなさい。私も、翼と、いたい………」
嗚咽で、言葉は途切れ途切れだったが、怪我をしてから初めてかなでの本音を聞いた。
「君は生きていていいんだよ、せっかく助かったんだ。俺の邪魔になるくらいに生きてよ。これからは自分自身を大事にしてあげて。今までたくさん頑張ってきたんだね。かなでの心を知れて、俺は嬉しいよ」
ずっと一人で抱えてたんだね。もう、一人じゃない。するとゆっくり俺の胸にかなでが顔を埋めてきた。甘えてくれた、嬉しいな。俺もゆっくりと抱擁で返す。かなでの涙と嗚咽が強くなり、子供のように泣いている。
しばらく、胸の中で泣かせてあげて、息が整い始めたのを見計らい声をかけた。
「帰ろう」
耳元でそっと囁いた。かなでがゆっくりと頷くと、車椅子まで彼女を運び、彼女を椅子に座らせて俺が車椅子を押す。
今日、俺がやっちゃったこととか面白い話とか、かなでのことじゃなくて、違うことをたくさん他愛もなかったが話した。気分が紛れたらいいなと思いながら、頷いてくれる彼女をみて、安心していた。
ーーーー
「おかえり、かなで」
家につくと翼から口づけをされた。嬉しかった、酷いことをいったのに探してくれて。少し微笑んでしまう。
「ただいま」
小さい声で返事をした、泣きすぎて声が上手く出なかった。翼がパッと明るい笑顔になり、私に抱きついてくる。温かい、優しい、あなたの匂いがする、とても安心する。私もゆっくりと抱擁を返した。
しばらくの間、抱擁し、翼が車椅子のハンドル側へ移動して、リビングへ押していってくれた。
私は甘えていいのかな、生きていていいのかな、あなたの邪魔や迷惑になりたくないな、そんな暗い考えをしていると耳元で囁かれた。
「かなで、愛してるよ」
ようやく落ち着いてきた涙がまた溢れてきてしまった。初めて愛してると言われた。今までの大好きから愛してるに変わった。それだけで、嬉しくて嬉しくて泣いてしまう。私もあなたのこと愛してる。涙が止めどなく溢れ続け、手で顔を覆っていると、車椅子が止った。翼に顔を覆う手をそっと退けられ、キスと抱擁をされる。
優しいあなたへ、ありがとう。私も一緒にいたい。