第93話 ガルーア⑦
『危ないじゃないかアルハンブラ! 急に視界を塞ぐんじゃないよ! 今忙しいんだから!』
もやの向こうのガザリーナは明らかに激しく動いている。顔が映るのも途切れ途切れだ。
「戦闘中か?」
アルハンブラが訊ねる。
『魔界の連中がここにも攻めてきた! アンタがいてなんでこんなことになってるんだい! あとジャックだ。アイツに代わりな!』
「ジャックは死んだ。魔王の剣で殺されたから、私でもどうにもできない」
ガザリーナは一瞬、言葉を失った。数秒経って、ようやく言葉を絞り出す。
『ジャックが……死んだ? 敗けたのか?』
「少し違うな。彼奴の選択の結果だ」
『それはどういう……』
「事態はもっと深刻だ」
ガザリーナの声を遮るアルハンブラ。
「決戦より前に、勇者の剣は喪われていた。そして今、私の剣は魔王に奪われている」
『はぁ? ちょっと待って。それなら、なんでまだ世界が滅んでいないんだい?』
「ブルースが足止めをしている。メリルの力を使って亜空間に飛ばしてな」
『なんだって!? 自殺行為だ! 剣二本持った魔王なんて、ジャックですら太刀打ちできるかどうか……』
「そうだ、時間がない。魔王がいない間に我々は態勢を整える必要がある」
『態勢って……どうやってさ? こっちに勝ち目なんかないだろ?』
「手段があるとすれば一つだけだ。こっちも剣を二つ揃える」
『二つ? 残ってるのはエラボルタが持ってるやつだけだろう?』
「いや、もう一本ある。リリスとソラリスが確保に向かったが、時間がかかるだろう。だが逆にエラボルタの剣が今行方不明だ。探すために、バルサイがいる」
『わかったよ……遣いをそっちにやる。ただし条件だ。ウチに攻めてきたやつを追い出すのに手を貸しな。そしたらそっちのことも手伝ってやる』
***
飛ぶ包帯に怪光線。ゲルダの攻撃は激しかったが、ナックルはどうにかその全てをしのぐことができた。思ったより魔力が強くない。
「やっぱり見かけ倒しだ。よくそれでガルーアに乗り込んできたもんだ。こっちにもバケモンはたくさんいるぞ。怖いねー、井の中の蛙ってのは」
「だぁまれ!! ウォォォオオオーー!!」
こめかみに浮かんだ血管がクッキリと見えるほど怒り狂ったゲルダが、両掌を地面に押し付けた。
土がムクムクと隆起し、頭、腕、足……巨大な怪物が形造られていく。
「ゴーレム……」
その全長が五十メートルを越えだした。
「フフ……絶望の淵に立て」
ゲルダはそう言ってその場に倒れた。
「おいおい嘘だろ!?」
ゴーレムの方は動きを止める様子はない。拳をナックルの方に振り落とす。
「クソ!」
ナックルは再び瞬間移動をして攻撃を回避した。そして翼を生やし、ゴーレムの手が届かないところまで飛び上がる。
面倒くさいな。どうするか……ナックルは周囲を見渡した。元々王都に直接ワープしてきたわけではない。王の挙動を怪しんでいたナックルは、念の為王都から数キロ離れたところに移動していた。
だが、王都の城壁は充分見えるところにある。これだけの巨体。あんな距離は物の数ではない。
このデカさに対抗できるのはアマゾネスの連中くらいか……しかしナックルに、もう長距離を移動する魔力は残っていなかった。
どうすれば……諦めかけたその時、聞き慣れた声が頭に響いた。
『誰か……誰か! 聞こえますか?』
リリス?