第92話 ポリアス⑥
サナダ子爵……?
「ほら、王都で会ったでしょ」
ピンときていない私に、リリスが言う。
あー……そういえばそう……だった?
「でもサナダって名前は、確かに日本人っぽい!」
「前の戦争の時は沢山の人が亡くなったから貴族もほとんどが入れ替わったんだけど、サナダ家もそうなの。現当主のケイスケ・サナダが武勲を立てたことで爵位を得たんだけど、異世界から紛れ込んだってずっと主張していたらしいわ。最初の方は言葉も通じなかったみたい」
「うん、その名前は完全に日本人だね……確定で良いと思う」
まさか二つの世界に以前からそんな接点があったなんて。ただ、もしあの時フルネームを聞いていても、私が記憶を失っていたから気付かなかっただろう。
「その人が剣を持ってたかどうか、わかる?」
「それはわからないけど……でもめちゃくちゃ強かったらしい、とは聞いたわ。だから持ってたんじゃない?」
「うーん……どうにか確認する術はないかな……」
「えー……」
……あ
……あず……
『……あずさ、梓!』
「梓! 梓! 大丈夫か?」
気づいたら、私は父に強く揺り起こされていた。
「ああ! 良かった! 急に倒れ込むから心配したんだよ……」
良いところだったのに、っていうのは言わないでおこう。
「ガルーアに、戻らなきゃいけないかも」
「え?」
唐突な私の言葉に、父が絶句する。
***
「うーん、じゃあそのサナダケイスケさん、って人が剣を持って向こうに行ったかもしれないんだね?」
私からの説明を聞いた父が言った。
「そう、向こうに戻るか、向こうとどうにかして連絡を取らなきゃいけないんだけど、無理だよね……」
元々向こうに戻るための方法はあまり考えていなかった。ただ漠然と、剣を入手できればどうにかなるだと思っていた。
「…… いや、できるかもしれない」
「え!?」
思わぬ父の言葉に、私は心の底から驚愕した。
「前にもちょっと言ったと思うけど、この世界の通信システムは、"道"の現象を基にできたものなんだ。だから電波としてうまく捉えることができたら、もしかしたら……」
「ほんとに?」
まったくもって信じられない。
「ものは試しだ。二人はこっちの世界に来た時、まずはどこにたどり着いた?」
「えっと……公園。昔よく行った、児童公園」
「よしわかった。戻ろう、僕らの町へ」
***
終電間近の電車に乗って、私達は引き返した。
父は家に道具を色々取りに帰らなきゃいけないと言った。
ということは、私にもやらなければならないことがある。
ガレージを漁っている父の目を盗み、私は家の二階へ。見慣れた扉の前に立つ。ゆっくりと開けた。
廊下の光が少しずつ中を照らした。
その光に反応し、母がわずかに、顔を上げる。