第91話 ガルーア⑥
「おのれ小癪な!」
魔法使いの男は、拳に残ったその茶色いエネルギーをナックルに向けて放出した。
それを腕の一振りで掻き消すナックル。
「その程度か?」
ナックルはあえて煽っていた。底が知れない相手だ。早めに全力を出させたい。
拘束が解けたことで、ナックルはいつでも逃げることができる。だが、ナックルにその気はなかった。今の旧大陸に、目の前の男に対抗できる人間がいるとは思えない。
俺は一介のちっぽけな妖精のはずなんだがな……ナックルは自嘲的に笑う。今回の件が起こるまでは来たこともなかった世界を護るために、ここまで本気になるとは。
ナックルの脳裏には、これまで共に旅をしてきた仲間の顔が浮かんでいた。
「何を笑っておるか……」
魔法使いの男が顔を歪ませる。
「リリス様より最上大魔導士の称号を賜っているこのゲルダ様を舐めるでないわぁーー!」
ゲルダの両腕から再び二筋の包帯が放たれ、ナックルに襲いかかる。
だが、その攻撃が当たることはなかった。
ピンクの煙とともに姿を消したナックルは、次の瞬間ゲルダの背後へ。そしてそのまま背中に蹴りを入れる。
「最上大魔導士? お前が?」
***
目覚めた冥王アルハンブラは、見る影もなくやつれていた。
「剣との適合率が高いと、力は常に共依存関係になる。剣を失ったらこのザマだ。剣を手放してから鍛え直したジャックには頭が下がる」
ゆっくりと身体を起こしながら、アルハンブラが語る。
「お父さん大丈夫?」
「ああ」
ずっと寄り添っていたダミアンの頭をアルハンブラが優しく撫でる。
「状況は?」
アルハンブラの眼光が一転して鋭くなった。
「旧大陸から増援が来てくれたんですが、皆偽物でした」
ナディアが代表して口を開く。
「擬態魔法か。ゲルダの仕業だな。メリルから聞いたことがある」
「これも偽物でしょうか?」
マリアが王家の剣を差し出す。
「……そうだな」
アルハンブラは剣を掴んだ瞬間そう答えた。少し力を込めるとドロリと形が崩れて落ちた。
「あぁなんてこと……」
ナディアが唇を噛む。
「ここまでリアルな形を作れるということは何らかの方法で本物を基にしたはず。本物の王と剣を見つけないと……」
「そもそも旧大陸から出発はしていたのか?」
ニックが尋ねる。
「わからない……だから一回旧大陸に戻りたいんだけど……」
「ナックルはどうした?」
アルハンブラが辺りを軽く見回す。
「偽物の王と一緒に旧大陸へ。まだ戻ってきてません。定期船もないし、旧大陸に戻る手段がなくて……」
「『バルサイ』があるだろう。君はアマゾネスだな。呼笛は持っているか」
アルハンブラはマリアの方を向いて言った。『バルサイ』とは、アマゾネスが大陸間の行き来する時に使う水棲生物だ。
「いえ、かつて盗賊の襲撃に遭った時に壊されてしまいました……おかげでずっとアマゾニアスには戻れていません」
「おい、メイディとロマーナなら持ってるんじゃないのか。どこにいるんだ?」
「わからない……」
「通信機を持ってもらってるよ」
サムがそう言って、スピーカーを起動させた。しかし、応答がない。
「場所はわかるか?」
「うん、発信機にもなってるからね。でも遠いよ」
「二人のことも心配だ。助けに行きたい」
マリアが言う。
「わかった。行ってもらって構わない。私は直接ガザリーナと話す。その方が早いだろう」
アルハンブラの手先から出たもやの向こうに、アマゾネス現皇帝の祖母、ガザリーナの顔が浮かんだ。