第9話 王都②
「ねぇ。王様に対してあんな話し方していいの?」
城内の通路を歩いているとき、私は祖父に尋ねた。
「エラボルタもかつての仲間だ。六十年前に魔界と戦ったとき、あいつは王子で、その時は一緒に旅をした」
「そうなんだ・・・」
「あいつも昔はもっとヘタれた性格だったが、いつの間にか立派になったもんだ」
階段を降りようとしたときに、待っていたガンジスが近づいてきた。
「ジャック様、エラボルタ様はお元気そうでしたか」
「ああ」
「ガンジスも来れば良かったのに」
「いえいえ、『今生の新政』で現政治体制のほぼ全てを創り上げた英雄に私なんぞがお会いするのは畏れ多い」
「魔族に攻め込まれたとき、王都も一度壊滅状態になったからな。だから平民生まれだった私も貴族に選ばれたわけだが」
祖父が私達に説明するように話してくれた。
「そりゃあジャック様こそ魔族の進軍を食い止めるため、封印した勇者様。英雄中の英雄ですからな。ジャック様が王位に継いてもよかったぐらいだ」
「エラボルタにもそう言われたけどな。だが、王位の正統継承者はあいつだった。そもそも興味もない」
私の祖父は、思っていたよりすごい人のようだ。
「さっきから魔族って言っているのは何なの? 魔物とは違うの?」
ソラリスが尋ねた。リゲルのことがあってか、声色に鬼気迫るものを感じた。
「魔族は魔界で生まれた連中だ。魔界の瘴気を吸った魔物や眷属とは根本的に違う。やつらはそもそも人間とは全く違う異形の生物で、人間よりはるかに強い」
「そんなのがいるんだ・・・」
ソラリスは祖父の言葉に驚愕していたが、私はなぜか、そんなに驚けなかった。
「六十五年前、突如魔界とこの世界を繋ぐ扉が開いた。そんな魔族が大挙して攻めてきたんだ」
「それを止めたの?」
「そうだ」
すごい・・・
「じゃあその時戦った人が、今貴族になってるの?」
ソラリスがさらに尋ねる。
「ああ。武勲を上げた者はな。その戦争で貴族と呼ばれる存在はほぼ入れ替わった」
「ジャック! 来ていたのか!」
私達が話をしていたとき、大きな声が響き渡った。祖父の後ろから、黒々とした髭を蓄えた壮年の男が近づいてきた。
「これはこれは噂をすれば」
祖父が含みのある笑みを浮かべながら振り返る。
「サナダ子爵・・・」
ガンジスがおののきながら呟いた。
「誰?」
談笑する二人を横目に見ながら、私は小声でガンジスに訊いてみた。
「サナダ子爵も大戦の英雄です。『軍神』と呼ばれ、当時の国王軍の指揮官が墜ちていく中、代わりにこの大陸における魔族の迎撃の指揮を執った方で、2本の青竜刀の使い手です」
よく見てみれば、剣幅の広い鞘を2つ腰から提げている。
「また魔界がよからぬ動きを見せているようだな。封印が甘かったんじゃないか」
「私もどうなっているかわからん。だからこそ再び行かねばならない。あの地へ」
「根本を断つ役割を担ったことで、お前は英雄になり、公爵の位を得た! 実際に大軍勢を相手にしたのは俺達であるにも関わらずだ!」
「その話はもう随分と前に済んだだろう!」
祖父の方もヒートアップしてきた。
「お前の仕事がぬるいせいで、また国民に危険が及ぶ! 俺ももう、前のようには戦えない・・・」
そうか、この人も怖いのだ。おそらく、誰かを護れなくなることを。
「そこまでにしないか!」
別の声がその場に響いた。そっちを見ると、サナダ子爵とは対照的に、髪も髭も白く染まった長身の男が立っていた。銀白に輝く細身の剣を提げている。
「モントール伯爵。かつての貴族の家系の生き残りは、あの方だけです」
ガンジスが私達に耳打ちする。
「さっきからずっと、王の間までしっかりと聞こえている! エラボルタ様が頭を抱えていたぞ!」
それを聞いて、祖父もサナダ子爵も、バツが悪そうに下を向いた。
「あの地獄を知っているのはもはや我々だけだ。事態が悪化する前に、何としてでも対処しなくてはならない。『扉』があるのは新大陸だが、ジャック、本来なら君が飛べば数日で着けるはずだろう」
「昔と一緒にするな。飛行には魔力を使いすぎる。それで行ったとて、向こうで何もできん」
「戦力不足はどこも一緒か・・・ もし『扉』の封印が完全に解けたとき、前より厳しい戦いになりそうだな」
思っていたより、戦局は厳しいようだ。
***
祖父はそのままサナダ子爵とモントール伯爵に王都警備の相談を受け、城に残ることになった。
私はガンジスとソラリスと一緒に城を出た。
「私はちょっと、買うもんがありまして・・・ もう屋敷はすぐそこですし、お二人で先に帰っておいていただけますか?」
ガンジスはそう言ってそそくさと市の方に去っていった。
「行っちゃった・・・」
いくらさっき通ったとはいえ、私にとってもソラリスにとっても初めての町だ。一気に心細くなった。
私はソラリスの方を見た。ソラリスは神妙な面持ちを崩さない。私が見ていることに気付くと、無理やりほほ笑んでくれた。
父親の死の後、ソラリスはずっとこんな感じだ。あの朗らかで明るかったソラリスは、もういなかった。
「ね、ちょっと探検してみない?」
私は屋敷や市とは違う方向の、ちょっと薄暗い道を指さした。奥の方に、装飾の凝った噴水のある、水場があった。
「えー」
ソラリスは少し戸惑っていた。
「いいからいいから!」
私はソラリスの手を取り、そっちに歩き出した。
***
約一時間後、私達は完全に道に迷っていた。