第88話 ポリアス④
ファミレスを出て、家とは反対方向に歩き出す父。そっちは、駅がある方向だ。
「事態は一刻を争うようだ。早速行こう。剣のあるところに」
「本当にどこにあるか知ってるの?」
ズンズン進む父に、なんとか追いつきながら尋ねた。
「ああ」
こっちを見もせずに、一言だけそう答える。
「ねぇ……お母さんは?」
そう言うと、父はようやく振り向いた。
「梓が事故に遭ってからは、ずっと塞ぎ込んでるよ……幸い在宅勤務だから、家のことは僕が」
「帰らないの?」
「今回のことはまだお母さんには言わない方が良いと思うんだ。お母さんはほんとに何も知らないし。ただただ混乱させちゃうだけだから」
それはそうだと思う。ただ、悲しんでいるお母さんを想像するだけで辛かった。
***
電車を降りたのは、まさかの一つ向こうの駅だった。
「隣町!?」
私達の町も大概田舎だが、更に山に近付いた。
電車の中も、父はどこか浮足立っていた。
駅を出て、山の方に歩いていく。ここは私も、幼い頃から何度も、本当に何度も何度も連れてこられた場所だ。
虹立山。虹立という名前は私達が住んでいる町も含めた、市の名前も冠している。え、ちょっと待ってもしかして……
「"道"については、昔からたまに観測はされてたんだ。でも、そのエネルギーの方向は全てこっちを向いていた。だから僕はずっと、この世界から出ていくエネルギーが今までなかったのか調べていた。世界中の民俗資料に当たったよ。いつかそれらしいのがあったけど、この山に伝わる伝承が一番新しかった。約六十年前。そんなに昔でもないから、伝承と呼ぶのも違うかもね」
六十年前。前に魔界との戦争があった時だ。その時も、私達の世界は何か関わったのだろうか。
「ちょうど日本が高度経済成長期、この山から虹が立ち昇るようにかかったらしい。それ以来、古館山だったこの山は虹立山と呼ばれるようになった。そして二十五年前の市併合で、市もその名前に」
「その虹ってもしかして……」
「そう。この世界から伸びる"道"じゃないかと思った。だから梓がまだ五歳の時、日本に帰ってきたんだ」
そう、私も昔はアメリカに住んでいたのだ。今となっては、記憶はほとんどないけれど。
***
もう日も落ち始めていた。だけど父は迷いなく歩を進めていた。観光用の山道はあるが、そこを外れてどんどん道なき道を登っていく。でもわずかに、他のところよりは通りやすい気がする。
「剣がどこにあるか知ってるの?」
「こっちに越してきて以来、この山には何度も探しにきた。ただ、何を探せば良いかわからなかった。そんな時、こんなものを見つけた」
何の変哲もない山道の途中で父が立ち止まった。
そこで屈み、足元の砂を少し払う。するとなんと、金属の取っ手のようなものが露出した。
「ここだけ音が違うだろう?」
父はそこでカンカンと足踏みしてみせた。
「鍵は随分前に僕が壊した」
父が取っ手を引っ張ると、ゆっくりと蓋となっていた金属板が持ち上げられていく。その下には、土でできた粗い階段が伸びていた。
「足元、気を付けて」
スマホのライトを点け、父がその階段を降りていく。私達も続いた。
「わ……」
わずかな光でも、先があまりに暗すぎてよく届いた。そこには大量の、物々しい木箱が積み上げられていた。
「これって……」
箱には全て、赤い丸、そしてそこから放射状に赤い線が伸びているマークが貼ってあった。
「旭日旗。これは全部、旧日本軍の遺産だよ」
「こんなのがあったなんて……ここに剣があるの?」
「この中身を全部見ているわけじゃない。でも、今は何を探せば良いのかが分かる」