第87話 ガルーア④
「ぐえっ!」
旧大陸に着いて早々、ナックルはそれ以上ワープができないように、厳重に捕らえられた。
「おい! 何すん……おい、何だよそれ……」
ナックルの目に映ったのは、エラボルタ王の手の先から白い包帯のようなものが何本も伸びて、自分の体に巻き付いている様子だった。
「礼を言うぞ妖精! これでようやく、こっちの大陸にも侵入できた!」
「お前! 王じゃないな……いつ入れ替わった? それか、まさか元々……」
「その通り! そもそもあの大陸に船など到達しておらん! ワシが沈めてくれたわ!」
王の姿をした男はナックルを封じるのに使っていないもう片方の手を虚空に突き出した。
そこから灰色の煙のようなものが湧き出る。
そしてその手の平を上に向け、何かを掬い上げる動作をする。
すると、灰色の泥人形のようなものが、いくつも起き上がった。
「瘴気……? 眷属か。お前の仕業だったのか」
それは、魔界の侵攻が本格化する前からこの世界を悩ませていた瘴気と、それをちりあくたが吸って生成される魔界の眷属だった。
「その通り!」
王の顔がそれまでとは全く別の人間のものに変わった。汚らしい灰色の髪と髭がだらしなく伸びた老人だ。
「お前、魔族でもねぇな……」
「あんな蛮族共と一緒にするな。ワシは誇り高き魔法使い。魔族を統べるのは我らよ」
***
打開策が見えない中で、周囲を警戒しつつも交代して休憩を取ることにした。まず一番は、冥王の回復を待たなければならない。
ナディアも身体を休める場所を探すため、岩山を見て回っていたが、そこで思わぬ人物を見つけた。
「ジャイス!? 貴方も来ていたの? 声かけてくれたら良かったのに」
それはナディアの幼馴染で、王の護衛兵団に所属しているジャイスだった。
「イリーナは元気? まぁでも貴方と私の出発のタイミングは実質そんな変わらないかしらね」
イリーナもナディアの幼馴染で、ジャイスの結婚相手だ。
「あぁ……うぅ」
ジャイスの目を見て、ナディアはぎょっとした。
魂がこもっていない、虚な瞳。
ナディアが誰かもわかっていないように、ただぼんやりと見つめてくる。
ナディアは瞬時に臨戦態勢に切り替えた。
……ジャイスじゃ、ない!
ナディアは抜いたナイフの刃をジャイスの首筋にを走らせた。切り裂かれる皮膚と腱。だが、そこから血は一切出なかった。
「気をつけろ! 敵が入り込んでいる!」
だが、その声が即座に届かないくらい、周りから離れてしまっていた。
心なしか恨めしそうな眼差しを残しながら、ドロリと溶けるジャイス。
……王は? 剣は?
最悪の状況ばかりが頭を駆け巡りながら、ナディアは悪い足場をひた走った。