第86話 ポリアス③
「え……なん……で?」
「やっぱり梓なんだな? 梓なんだな!?」
父は私に勢いよく近づいて、両肩をグワングワン揺らした。
周りを歩く人達が怪訝そうにこちらを見る。
「ちょっと待ってちょっと待って! わかるの?」
なんとか興奮する父を引き離し、問い質す。だって、今の私は、リリスなのだから。
「そうじゃないかとは思ってたんだ……事故の時、実は奇跡的に脳へのダメージはほとんどなかったんだ。だけど意識はずっと戻らなかった。身体は順調に回復してるのに」
父は早口でまくし立てた。
「梓は不自然に、平穏に眠り続けた。もちろんそういうこともあると思う。でも、梓を引いた運転手が目撃したんだけど、事故の直後、その場が眩く輝いて、やけに鈍い色の虹が出たと」
え、それって……
「警察はそれを運転手の幻覚と片付けた。事故のショックによるものだとね。でも僕はそれを"道"だと考えた」
え、なんで嘘でしょ?
「"道"を知ってるの?」
なんか、夢を見てるみたいだ。
「世間的には知られていない。ただ、シリコンバレーでは昔から情報が流れていた。"扉"と"道"の観測結果をヒントにして、開発された技術も多い。インターネットもその一つだ」
そういえば、父は昔、アメリカにいたと言っていた。以前、その頃の父の同僚だった人が家に来た時、父はリーナス・トーバルズ?とも肩を並べたような伝説的エンジニアだったと聞いたことがある。
「事故が起こった時、どういうわけか"扉"が開いた。梓が意識を取り戻さないのは、何か関係があるんじゃないかと情報を集めていた。そして」
父はそう言ってソラリスを指した。
「君が使っていた言語は僕が一度も聞いたことがないものだった。僕は君達がこの世界の人間じゃないんじゃないかと思った。そしてもう一人の方を見た時、直感的にわかったんだ、梓だって」
まだ理解が追いつかない部分もある。でもなんか、泣きそうになった。
「何があった?」
私は話した。今まであったことを、全て。
***
「そんなことが……荒唐無稽過ぎる。にわかには信じがたい……」
三人で入ったファミレスで、父は頭を抱えた。ソラリスは注文用のタブレットを興味深そうにしげしげと見つめ、料理を運んできた猫型ロボットにひどく驚いていた。
「え、でも色々と情報を知ってたんじゃないの?」
「"道"の向こうのことはほとんどわかっていなかった。別の世界があるんじゃないかという仮説は立っていたが……」
父はスマホを取り出した。
「ただ、この世界にある剣については心当たりがある」
「ほんとに!?」
私は耳を疑った。まさかこんな近くにいるなんて。
「心当たりどころかってところかな……僕はこの剣のために、日本に帰ってきたんだから」