第81話 ガルーア①
「痛で!」
「痛い!」
「あぎゃ!」
「ぉう!」
天界に行った四人が、見慣れた地に落ちてきた。
ナックルだけ、ダミアンの尻の下敷きになっている。
「おいおい、なんだこりゃあ……」
四人の目の前に広がっていたのは、めちゃくちゃにされた野営地だった。周りに、人影はない。
「危ない!」
未だ転がっているダミアンに、巨大な刃が迫った。バッファローの顔を持つ魔族だ。
同じくまだ起き上がれていないナディアは膝で地面を蹴り、プロペラのように回転しながら近付いてダミアンとナックルを手前に引き寄せた。
二人からわずか数センチのところに、大斧が振り下ろされた。しかし、魔族自身もその場に崩れ落ちる。二連撃ち特有の銃声が鳴り響いた。
まだ硝煙が立ち昇る銃口を上に向け、ニックが荒い息をつく。
「こりゃあ……マジで開戦してるようだな」
「うん。とりあえず皆を探さないと……生きてると良いけど」
「あっちだな」
ナックルが岩山のある方角を指差した。
「わずかだが、声が聞こえる」
「誰がいる? 皆生きてそう?」
「そこまではわかんねぇよ」
「お父さん……は……」
言いかけたダミアンの声が萎んでいく。
そんなダミアンの背を、ナディアは一度だけ優しく撫でた。そして岩山を見据える。
「……行きましょう。行動するしかない」
***
「うぉあああ!」
ギィィンッ! ギィィンッ!
魔族達の猛攻を、手にした王家の剣でなんとか凌いでいたのはマリアだった。
「早く運んで!」
比較的傾斜が緩い岩肌を、急造の担架に乗せられたアルハンブラが運ばれている。2メートル以上の体躯。ゼリナスギルドの生き残りと旧大陸の護衛兵団の男数人がかりだった。
その横では手に負った傷をおさえたエラボルタ王が必死に岩山を昇っている。
王をはじめとした旧大陸からの軍勢はリリス達が天界へ旅立つよりも数日前に新大陸に到着していたが、ちょうど野営地に合流したタイミングで襲撃があったのだ。
騙し討ちで魔王がありったけの魔力をアルハンブラに叩き込み、その隙に剣を奪取。
同時に大量の魔族がガルーアになだれ込んだ。
剣を二本使った魔王の攻撃に王家の剣一本で応戦したエラボルタ王は為すすべもなく、マリアが後を引き継ぎ命からがら逃避行を続けていた。
「魔王はどこだ? さっきから姿が見えない」
『センサーで見てる限り、近くにはいないようだよ』
上空を愛車で飛び回るサムの声が通信機から聞こえてくる。
「世界が心配だ。体制を立て直し、すぐに戻らなくては」
エラボルタが苦々しげに呟く。マリアはまた一体斬り伏せ、叫んだ。
「考えるのは、後だ! 少なくとも冥王を回復させないことにはどうにもできない!」
「ブルースさんはどこだ! さっきからずっと、姿が見えない!」
ジェイも悲痛な声を上げた。
***
「さて……随分、禍々しくなったな」
「ここはどこだ……ブルース」
何もない、真っ白な空間。
そこにはダミアンから受けた傷の部分を中心に黒く膨れ上がった体組織が全身を侵食している魔王・リリスとブルースがいた。
「メリルの力か!?」
「あいつが俺に預けた、片道切符のワープホール。本当はあいつ自身が使うつもりだったらしいがな」
「小癪な……!」
「どうせお前ならこんな異空間すぐに突破できるだろう。出来る限り、時間を稼がせてもらう」
ブルースが拳銃を抜いた。
「貴様に何ができる」
リリスは両腰に差していた二本の剣を抜いた。
その瞬間、一本の剣が手から弾けて飛んでいく。
「!?」
ブルースの腰だめの銃口から硝煙が上がっていた。
「できることも、少しはあるんじゃないか?」