第8話 王都①
あれからいくつかの村や町を渡り歩き、私達は歩を進めた。魔界の瘴気を悪用した犯罪は起こっていなかったが、それでも、綺麗に整備された街であっても、治安の悪さを感じた。
一週間ほど旅をして、私はこの世界で今まで見たことないほど大きくて、荘厳な町を訪れることになった。石造りの高い塀と幅の広い堀に囲われた町なのに、ひとたび左右に首を振ると先が見えない。中央には、フィクションでしか見たことのないような城がそびえ建っていた。
「リリス、ソラリス、ここが『王都』だ」
「王都・・・」
私とソラリスの声が、シンクロする。
「大陸を統べる王、エラボルタ様が居を構えておられます」
ガンジスがそう言って城を指差す。真っ白なのであろう城が、夕日色を綺麗にそのまま反射していた。
私達は馬に乗ったまま、開いた門をくぐって町の中に入った。円周上の壁に幾重にも囲われた、迷路のような町を、祖父は迷うことなく進む。徐々に町の中心に近づいているのを感じる。
三十分ほど馬をゆっくりと歩かせて、私達は城がすぐ横に見える、これまた大きな大きな建物の前にたどり着いた。祖父が馬を降りて厩に繋ぐ。まださらに十頭以上入りそうな、今まで見たことないほど立派な厩だ。
中央にある、複雑な装飾がビッシリと施された通路の奥の、四、五メートルはある高さの扉を開くと、中も天井高い吹き抜けの広いホールだ。
祖父はマントと帽子をはずしながら歩き、近づいてきた上品そうなおばあさんに渡した。
「帰ったのは3年ぶりか、変わりはないか」
「ええ。そのまま、維持しておりますよ」
そのまま二人で歩いていく。
「"帰った"って?」
私は小声でガンジスに尋ねる。
「おお! そういえばお嬢様が以前ここに来たときはまだこんな小さい時でしたな。ここはジャック様の別邸です。貴族として最高の公爵位を持つお方ですから、王を除けば最も豪奢なお屋敷になっております」
ええーーー・・・
くるくると見渡しながら、声にならない声が漏れる。
「リリスのおじいちゃんって、すごいんだね」
ソラリスも同じように屋敷内を見回していた。
***
この屋敷は、普段はオーガスタという使用人が一人で管理しているらしい。私達を迎えてくれた、あのおばあさんだ。人数が増えて急ごしらえとなった彼女の料理も、絶品だった。私達はひとり一部屋の豪華な部屋を割り当てられ、ありえないくらいフカフカのベッドで寝ることができた。
翌朝、朝食をとっていると、祖父が唐突に口を開いた。
「王に挨拶に行くぞ。オーガスタ、ドレスもあったな?」
「ええ。アイリス様の昔のものが。お二人ともしっかり成長されているので、ピッタリでしょう」
「私も行くの・・・?」
ソラリスが小さな声で呟いた。
「大丈夫だ。気負うことはない」
祖父の声は、優しさに満ちていた。
いや、気負うでしょ・・・だって王様だよ。
***
私はパープルの、ソラリスはエメラルドグリーンの美しいドレスを着て、徒歩で城まで向かった。十分ほどかかった。ソラリスのドレスは彼女の綺麗な金髪に映えていて、本当に似合っていた。普段からフォーマルな服装をしている祖父は、いつもと変わらないベージュのタキシードだ。
祖父が歩いていくと、門番始めとした衛兵は皆かしこまり、扉は勝手に開いていった。どんどんと階段を上がり、今まで見た中で一番大きな扉を開くと、天井高いドームのような空間で、数十メートル先にポツンと玉座があった。
玉座に続く一本道にはレッドカーペットがひかれ、王の両側に衛兵が一人ずついる以外は誰もいなかった。
私達が近づいて行くと、王はその二人の衛兵に「はずせ」と言い渡した。出ていく衛兵。
王は予想とは反して、豪奢な衣装は身につけておらず、装飾などに凝っていることは間違いないが、ゴツい鎧を身に着けていた。王冠も、兜と一体化しているような防御性の高そうなものだ。そして本人は、巻物状の書物に目を通している。目だけをこっちに向けていた。白く染まった髭を蓄えた老人だった。
「忙しそうだな、エラボルタ」
祖父が王に話しかけた。え、そんな話し方で良いの!?
「混乱は収まりそうにない、ジャックさん。やはりあなたが封印を閉じ直してくれない限りは」
「分かっている」
「本当は国王軍からも派兵するべきだが、長く続いた平和でもう魔族とまともに戦える人間はいない。先の大戦で生き残った戦士たちも、もうみんな引退している。私達は、国内の治安維持で精一杯だ」
「それすらも出来ていないようだが? 私が言えることではないが、軍備を減らしすぎたんじゃないのか」
「クリル村の件だな? 報告は受けている。君がソラリスさんだね? 痛ましい事件だ。君も怖い目に遭ったね、申し訳ない」
エラボルタ王はまっすぐソラリスを見てそう言った。それまで所在なげに佇んでいたソラリスも、まさかのことに驚き、何も言えずうつむいた。
「リリスちゃんは小さいときに会ったきりだ。大きくなったね。お父さんとお母さんは元気か?」
王は私にも話しかけてきた。私もとっさに言葉が出なかった。
「二人は元気だ。旧交を温めたいところだが、私達も急いだほうが良さそうだな。明日発つことにする」
「もう『勇者の剣』はないんだろう? 代わりに『王家の剣』を持っていくと良い」
「いや、それはいざというとき国を護るために必要だろう。何とかするさ」
「そうか、武運を」
その言葉を背に、私達は玉座のある部屋を出た。