第78話 天界へ⑧
剣が……日本にある。
当然のように、皆はその名を聞いてもポカンとしている。
「じゃあ、そのニホンって所に探しに行けばいいんだな?」
ニックさんが威勢良く言った。
いや……
「無理だ」
私が思っていたことを、神様が代わりに言ってくれた。
「あの世界は広すぎる。人も増えすぎた。日本だけでも1億2000万人いるからな。我々の理解の範疇をとうに超えて繁栄した世界だ」
それを聞いたニックさんは絶句した。
「そんなに……私達の世界では二つの大陸合わせても数百万人なのにね……」
そう呟いたナディアさんがふと、私の方を見た。
「どうしたのリリス、大丈夫?」
思いつめた顔をしているのを、悟られたようだ。少し迷ったが、ここまで来て特に黙っている理由もない。私は話すことにした。
「実は……私はこの日本から来たんです」
「え、何? どういうこと? 貴方はジャック殿の孫……いえ、娘なんでしょ?」
「リリスはそうです。でも私はリリスじゃなくて……いや、リリスでもあるんですけど! 今喋っている"私"はポリアスから来た別の魂なんです。倒れたリリスのために、アルハンブラさんがそうしたんです」
「え、いつから? そんなの今まで言ってなかったじゃない……」
ナディアさん、さらにニックさんも怪訝そうにこっちを見る。なんだか気まずい。
「旅の最初の方……皆さんと会うよりずっと前からです」
「貴方達は知っていたの?」
ナディアさんがソラリスやダミアンの方を見る。
「ぼんやりとは……」
「詳しくは話してません。祖父……ジャックさんも知りませんでした。」
ナディアさんはしばらく私とソラリスを交互に見て、そして言った。
「……わかった。貴方の事は何て呼べば良い? リリスで良いの?」
「はい。リリスでお願いします」
「おい、どういうことだよ。リリスじゃないんだろ?」
ニックさんが声を上げる。それを制するナディアさん。
「良いから。私達が口を出すことじゃない」
ニックさんはしばらく納得できなさそうに頭を掻いていたが、やがて言った。
「まぁいいや。だが君がその国から来たと言うんなら、君が行ったら見つけられたりはしないのか」
そんな無茶な。心当たりなど一切ないのだから。
「それは……無理だと思います」
「だが、君が行くのが一番可能性が高いだろう? なにしろ俺達はその世界のことを一切知らないんだから」
「あの世界では剣の話なんか聞いたことないんです。こんな風に他にも世界があるなんてことも、誰も知らないし」
「へぇ……じゃあ魔界はそっちの世界にちょっかいをかけたことはないんだな」
「まぁこれだけの人数差なら当然かもね。私達の世界の方がはるかに狙いやすい」
「今の魔王が出てくる前、魔族が時折迷い込んだ事があったくらいじゃな。それも数百年ほど前のことになるか。異形の怪物の、逸話は沢山残っておろう」
そういえば……
本やマンガ、アニメで見た沢山のモンスター達が脳裏に蘇る。
「とはいってもなぁ……今ここに、そのもう一つの世界から来たやつがいるってのは何か運命めいたものを感じるんだけどな」
ニックさんが、やはり私を見る。
えーと……
「こりゃイカン!」
その声に、おじいさん達も含めて一斉に振り返る。おじいさん達の後ろにも、もう一人おじいさんがいたのだ。何か井戸のような物を覗き込んでいる。
「冥界の剣が魔王に奪われたぞ!」