第76話 天界へ⑥
「六十年前、お前が天使としてガルーアに剣をもたらし、争いに介入した。その結果、天界から剣は失われ、我々は最上位世界としての威信と実力を喪ったのだ!」
「私に責任を押し付けるのはやめていただきたい! 皆の合議の上で決まったことでしょう!」
「わしは反対したぞ!」
おじいさんは立ち上がった。
「それをお前が、皆を煽動し、ガルーアを救うと言って強引に持ち出したのではないか!」
「それが神の役目ではないのですか!」
「結果を見通せなかったことが問題なのだ! 剣の使い処を誤らなければあんな跳ねっ返り、取るに足らんかったはずだった……それをあんな男に預けたばかりに……」
「その使い処とやらを全然決められなかったではないですか!」
リラさんの方も、どんどんヒートアップする。私達はただ眺めていることしかできなかった。
「その剣をジャックが使ったことで、救われた命も沢山あります! あの時は皆、全身全霊をかけて戦った! それを愚弄するのはやめていただきたい!」
リラさんはおじいさん達をジロリと見回した。
「ジャックの封印が何故解かれたのかはわかりませんが、早急に調査して剣を回収し、再びガルーアの支援に動かなければなりません」
それを聞いたおじいさんの口角が皮肉っぽく上がる。私にはその理由がすぐにわかった。
「大層な剣幕だが……知っているのか? 剣はもうない。完全に失われたのだ」
「なんですって!?」
リラさんが信じられないといった表情で私達の方を見た。
私とソラリスが、おずおずと頷く。
「永く異世界にあったのが原因だろうな。これは取り返しのつかない損失だ」
そう言うおじいさんは、なぜか得意そうだ。
「そんな……重大事実を我々に知らせず握りつぶしていたというのですか!?」
リラさんは明らかに憤慨していた。
「対抗手段が無いのであれば、なおさら魔王が天界に向けて牙を剥いた時の対策を皆で考えねばならないのではないのですか!!」
「握りつぶしたとは何事か!? そのために我々が集まり、ここで常に動きを注視しておったのではないか!!」
「ほう、では貴方がた『長老衆』とやらが私達の防衛のための重要な情報を独占し、勝手に対処を決めようとしていたと?」
「わからんやつだな! 私達は混乱を招かんようにと……」
おじいさん達は地団駄を踏んでいるようにすら見える。
「リラさん、長老衆の皆様、恐れながら」
堂々巡りする話に、そう言って入っていったのはナディアさんだった。
「剣を私達の世界で失ってしまったことについては謝罪いたします。ですが、私達もつい先日魔界と一戦交え、辛くも生き延びたばかりです。またいつ攻めて来るかわからない。どうにか支援をいただきたいのですが、今の話をお聞きしていると、それは望めないということでしょうか」
「ガルーアにも剣があるだろう。自分の世界の面倒は自分で見たらどうだ」
おじいさんの内の一人が言った。
リラさんがそのおじいさんを睨む。
「ジャクーア殿!! それが神としての態度ですか! 下位世界の剣では魔界の剣には対抗しきれない!」
「死神のやつも戦いには介入しておったぞ。ほれ、そいつが息子だろう」
別のおじいさんがダミアンを指差す。
「ほう、ではアルハンブラ殿の方がよほど神の役割を果たしているというわけだ」
「黙れ! やつとて剣がなければただの青二才よ!」
「お父さんをそんな風に言うな!」
「礼儀を欠いた振る舞いは許されませんぞ! アタイア殿!」
ダミアンとリラさんがいきり立つ。
それを見たナディアさんが、深いため息をついた。