第54話 予期せぬ開戦②
「エラボルタにも救援要請は出したが、定期船の修理がまだ終わってないらしい。増援が来るのに、まぁ一ヶ月はかかるだろうな」
「"世界警報"は発令してきました。ブルースさん」
喧騒の中から祖父とラスさんが並んで歩いてくる。
世界警報?
きょとんとする私に、ラスさんが説明してくれた。
「電気やガス、水道と一緒に実は世界中に張り巡らせている警報網だ。だが……」
「平和が長く続いた世の中で、あまり意味はないだろうな」
ブルースさんが後を引き取る。
「私の家、電気もガスも水道も来てなかったけど……」
ソラリスが言った。
「ああ、旧大陸はライフラインが整っていない世帯も多い。だからこの戦争は、新大陸だけで収めるぞ」
祖父の言葉には力がこもっていた。
***
カラギール組のマリアとサム、アマゾニアスのメイディとロマーナ、ニックらゼリナスギルドの面々とナディアは戦闘の準備を整えていた。
「マリア、もう大丈夫なのかい? 無理はしないでくれよ」
サムが心配そうに声をかける。
「身体は心配ない。だが気分が良いものではないな。自分が自分でなくなっていく。そんな恐怖を強く感じた」
マリアがわずかに身体を震わせる。
「そんなすぐ戦わなきゃいけないもんなんですか!? だって今封印は締め直されてるんでしょ?」
ロマーナは腑に落ちないでいた。事実、ジャックは回復次第すぐ"扉"に急行していた。
「その間で何匹もの怪物がこの世界に侵入してきた。それに今回の件を察知して、"扉"の向こうで魔王自らが大軍を引き連れてこっちに向かっているらしい。ジャックさんも瘴気によってだいぶ魔力を削られたみたいで、今その大軍によって突破されにかかったら防げないとのこと」
ジャックには、メイディも同行していた。
「おい、それだったら戦うのもヤバいんじゃないのか?」
「そうだ。だから今回の事態は完全なる想定外。剣もない、ジャックさんも疲弊している。最悪の状態で開戦だ」
一同の間を、陰鬱な空気が流れる。
「確かに状況は絶望的だ」
当のジャック本人がブルースとラスと共に歩いてきた。全員の間に僅かな緊張が走った。
「活路があるとすれば一つだけだと思ってる」
「何ですか?」
全員の視線がジャックに集まる。
「先制攻撃だ」
「先制攻撃?」
「そうだ。防戦はしない。進軍してくる中でも不意をついて急襲し、崩す。そして押し戻すんだ」
「じゃ、じゃあ俺達が"扉"の中に入るってことか?」
主にゼリナスギルドの屈強な男達が、ザワつき始める。
「そうだ」
「人間が入って平気なのか?」
「前の大戦も最終盤ではそこが戦場になった。今回は最初に叩く」
それでも動揺は収まらない。
「お、俺達は逃げた怪物を捕まえるよ……」
「駄目だ。総力戦で臨む。失敗はできない」
「じゃあ怪物はどうするんだよ!」
「避難体制は敷いている。住民達には耐えてもらうしかない。だが軍をどうにかしないともっと大きな被害が出てしまう」
「だがよ……」
「お前らゴチャゴチャ抜かすな!!」
ブルースが珍しく声を荒げた。
「そんな腑抜けたことが言えるのは、危機に直面している自覚が無いからだ! 俺達は昔、勝つために必要なことは何でもやったぞ! 負けたら、死ぬからだ! 選択の余地などない!」
その言葉で全員が黙った。
「出発は三時間後だ。準備をしろ。作戦は移動しながら伝える」
ジャックの声は、ブルースとは対照的に静かだった。