第50話 カラギール自治区④
ジャックは超スピードで飛行しながら、揉み合っている魔族の男の頭を両手で挟んだ。相手の刀を封じるために、間合いは限界まで詰めていた。姿勢を変え、自分の頭越しに投げ飛ばす。
激しく回転しながら飛んでいく男。ジャックは間髪入れずに、一筋の電撃を男に向かって放った。
男は即座に体勢を立て直し、空中に静止する。迫る青白い稲光を、刀で受け止めた。柄を絶縁体にして、対策をしてきたようだ。あとは腕力勝負、だがその男は一切押し負けていなかった。
「ジャック・シュヴァルツ……来ると思っていた。貴様を殺すのが、私の使命……!」
男は攻撃を受け流し、電撃の周りを円を描くように飛び、ジャックに迫る。
男の太刀筋は速かった。マリアと戦っていた時は手加減をしていたのではないかと思うほど速く、なおかつ不規則だった。
ジャックは、その全てを避けた。しかしあまりに激しい攻撃に、なかなか反撃の機会を見出だせない。
「これを!」
マリアが、自らが持つ刀をジャックに投げた。受け取ったジャックが見せた剣技は、さらに凄烈極まるものだった。
数撃打ち合った末、ジャックの突きがノーガードの心臓を捉えた。そしてその攻撃は、必死で回避しようとした魔族の男の翼を貫いた。
「ぐわぁっ!」
男の飛行が不安定になる。ジャックはそのまま翼を外側に向けて切り裂き、間髪入れずに電撃を浴びせた。
意識を失い、落ちていく男。しかしジャックは、男の腕を掴んだ。
「まだ死なせん。色々と聞かせてもらう」
***
サムを狙っていた声の主が、その姿を現した。
緑色の体色に飛び出た、特徴的な眼球。カメレオンに似ている。見たことのないような形状のナイフを、サムの首に突き付けている。
「思惑は外れたようだな」
目の前に映る健在のマリアを見て、サムは安堵の感情を隠しつつ、皮肉めかしてそう言った。
「いや、成功だ……ジャック・シュヴァルツを引きずり出せた……」
「そうか。そう言っていられるのも今のうちじゃないか?」
「何だと……」
ナイフを持つ手が強くなる。
「人間をナメるなよ」
「フン、負け犬の遠吠えか……魔族は全てにおいて人間を上回る……この事実は変えられん……あの男は死ぬ……そして魔族がこの世界を支配するのだ……そして貴様もここで死ぬ……ぬ?……」
魔族の男が、その場で膝をついた。
「『人間をナメるなよ』、この言葉がトリガーだ」
「こ……こ、れは……?」
「特別に調合した無味無臭の毒ガスだ。僕とマリアはもう既に抗体を持っている」
男は崩れ落ちた。
「人間をナメるなよ」
第二部 完