第49話 ゼリナス自治区⑨
「今、ギルドには何人いる?」
「他の任務に出ている者もいるので、二十人ほど」
「少ないな……5人だけこっちに回せ、あとは住民達を逃がすんだ」
「わかりました」
ブルースの言葉を受けて、ラスはギルドの奥に消えていった。
ブルースはひとつ深呼吸した後、魔族の男や怪物の頭部に銃口を向け、撃ちながら走り出した。厩舎を目指す。
「なんだ……」
体長数十メートルはある怪物の上のはるか高みから、魔族の男は弾が飛んできた方向をギロリと睨んだ。
「あれはまさか、ブルース・オースティン!? まだ生きておったか! 何人の同志が討たれたかわからん……貴様を殺せば武勲も上がるわ!!」
怪物はブルースが走る方向に進みはじめた。一方のブルースは厩舎に駆け込み、愛馬に跨る。
ブルースと長年苦楽を共にした愛馬スカイは、その圧倒的な体格差と歩幅にも関わらず、スピードは負けていなかった。走りながらも時折拳銃で牽制したが、一切効果はなかった。
怪物と魔族の男を引き連れたブルースは、牧場を目指した。
***
無事怪物を街から引き離すことに成功したブルースは、牧場に着くと急いで納屋の隣の地下に埋まっている武器庫を展開しようとした。
怪物が迫る中、指紋認証の後ジリジリとせりあがる武器庫。ブルースの背を嫌な脂汗が垂れる。
間に合わなかった。ブルースの腰ほどの高さまで上がった時点で、怪物の前足の一閃であっけなく潰されてしまった。
ブルースは絶望を感じる暇もなく転がり、残り一発を撃った。這うようにして納屋の裏に回り込み、弾を込めなおす。
(まいったな……どうするか)
二連撃ち。その言葉が脳裏に浮かぶ。手元にある拳銃一丁でこの窮地を脱するには、それしかない。
ブルースは怪物をよく観察した。最近目はすっかり弱ってしまったが、遠くはまだよく見える。
以前、扉の狭間で見た種類ともまた違う、獅子を醜くしたような風貌の怪物。大昔にも交戦した記憶があるような気もする。弱点はおそらく喉仏だ。
ブルースが身を隠していた納屋も、あっけなく怪物に潰された。
ブルースは咄嗟に、怪物の脇腹の方からそっとその身体の下に潜り込んだ。
「むっ! どこだ?」
まだ気付かれてはいないようだ。だが当のブルース自身も、頻繁にステップを踏む怪物の大きな足に潰されないようにするだけで必死だった。
いくら馬鹿みたいに巨大な図体といえど、たてがみの狭間、急所と目される部位を狙うのは、お互い不規則に動いているため難しい。慣れない動きに息が上がる。
(何とか動きを止める方法はないか……)
砂まみれになりながら何とか活路を見出そうと周りを見渡す。
(ん……!)
怪物の顔面がちょうど、さっき潰した武器庫の正面を向いた。
ブルースは一瞬だけ躊躇したが、すぐに迷いを捨てた。弾倉に入っているうち半分を、武器庫を狙って撃ち込む。
武器庫に入っている銃器には、火薬を使っているものだけでなく、爆薬、プラズマ、ありとあらゆるものがあった。
元々半壊して不安定になっていることもあって、ブルースの弾丸を引き金に、武器庫から大きな火柱が上がった。
怪物は驚き、両方の前足を大きく上げてのけぞった。この一瞬が勝負だ。
ブルースは右腰のホルスターに銃を閉まった。肩幅に足を広げ背筋を伸ばし、軽く一呼吸する。
立つ位置は怪物の身体の中心線を正確に捉えていた。顎が正面にある。
この極限状態でしか味わえない緊張感と高揚感。限界まで高まった集中力。
上がった前足が落ちてきた。それが地面に着く直前、ブルースは腰を落とし銃を抜いた。腰だめで一発。直後に左手でもう一度撃鉄を弾き、もう一発発射させる。ここまではただのファニングショットだ。
だがその2つの弾丸は、全く同じ軌道を辿っていた。一発目は硬い皮膚に阻まれる。しかし、その弾丸そのものに、二発目が当たった。真芯を捉えていれば、これで爆発的な推進力を得られる。
ブルースが撃った弾丸も、怪物の喉から入り、頭部を貫いた。
ブルースの二連撃ちは、復活していた。
怪物の胴体が、真下にいるブルースに迫ってくる。
(ここまでか……いや)
あとは死ぬだけの命と思っていた。だが、この二連撃ちを役立てなければいけない。誰かに継承しなければならない。ブルースには新たな使命が生まれていた。
ブルースは必死に走った。もう齢八十を越えた身だ。スピードも上がらないし、肺が爆発しそうだ。だがそれを、久方ぶりにみなぎるアドレナリンで補う。
ズズゥーーーーン
と怪物が完全に倒れ込んだ。ブルースも倒れ込む。しかし何とか下敷きになるのは避けられた。
怪物の臭い身体のすぐ側で動けないブルースを、魔族の男が見下ろす。
「これだけ老いてもギルツ一頭を落とすか。侮れん男よ。だが、もはやこれまで」
ブルースはこの男を仕留めるために弾を一発だけ残していた。だがもう腕の方が上がらない。
「死ね」
魔族の男は手に持った巨大な斧を振り上げた。しかしその瞬間、たくさんの銃声とともに男は絶命した。
「ギリギリ間に合った……」
ギルドメンバーが、ようやく駆けつけたのだ。