第46話 山梨梓②
気味が悪いくらい辺り一面真っ白な空間の中、目の前のリリスは目が虚ろで、小さくまとまった三角座りのまま俯いている。
「リリス……?」
軽く肩を揺すってみる。反応はない。何だか不思議な感じがした。私はしばらく、この人として生きていたのだ。
私はリリスの前に膝をついて、目線の高さを合わせてみた。今度は正面から、リリスの両肩を揺する。
まるで首の据わってない赤ちゃんのように、リリスの頭がブルンブルンと揺れる。そんなリリスと一度だけ、目が合った。
その瞬間、周りの光景が一気に変化した。真っ暗闇の中に佇む一つの牢獄。鉄格子の向こうにいたのも、またもやリリスだった。
***
「あら、貴方が新しい私ね」
今度のリリスはしゃんとしていたが、また魂のこもっていない目で私を見つめていた。
「貴方のことはずっと見てたわ。なかなか私の人生を楽しんでたわね」
「そんな楽しんでたってわけじゃ……」
私はなんて言葉を返せばいいかわからなかった。
「まぁ、でも感謝しなきゃね。あの時私が倒れたままだったら、おじい様の足手まといになってしまったかもしれないものね」
「身体をお返ししなきゃですね……」
「でもこれはそう簡単に開きそうにないわ」
リリスが鉄格子をそっと掴む。
私もその牢獄に近づき、鉄格子の様子を見ようとした。
『それ以上近づくな!』
私達の頭上からアルハンブラさんの声が響いた。その声のあまりの大きさに、リリスも両耳をおさえて顔をしかめる。
『よくそこまでこじ開けた。だが、その牢獄からは魔王の魔力を感じる。梓、君はそれ以上近づくんじゃない』
「魔王……?」
「あら、私はよくこうやって掴んでたけど?」
『もうすでに捕らえられている魂は仕方がない。だがそうでない魂が触れた時、何が起こるかわからない』
「ふーん、そんなものなんだ」
「あの……じゃあどうすればいいでしょうか?」
『魔王の力は私も全貌を把握しているわけじゃない。調べておこう』
ん……ということは?
私はおずおずとリリスの方を見た。
リリスはため息を一つついた。
「じゃあアズサ、もうしばらく私の身体を預けるから、また私として生きてよ」
「リリス……として?」
「そ、ずっとやってきたでしょ?」
「でも私……貴方のこと何も知らない」
「いいよ、思うようにやったら。それで今までうまくやってこれたんだから」
「うーん、でも……」
「大丈夫大丈夫。おじい様だってこの旅の直前まではほとんど会ったことなかったんだから」
そうか、だからジャックさんもずっと気付かなかったんだ……
「とりあえず、貴方は、私。わかった?」
「私は、貴方……」
「よくできました。まぁでもこれからは私の方からも話しかけるかも、できるかな? たまには会いに来てよね」
「う、うん……」
「じゃ、そろそろ戻ったら? バイバイ!」
「バイバイ……」
私もぎごちなく手を振った。
***
突如として目が覚めた。上体をゆっくり起こすと、ソラリスが抱きついてきた。
「リリス……良かった……」
「ソラリス……」
私もソラリスの背中に手を回す。
そう、私はリリス。