第38話 ゼリナス自治区⑦
「なんで私にはその役割を任せていただけなかったんでしょうか〜〜」
ジャックもリリスも去った酒場で、ガンジスは一人嘆いていた。
「まぁまぁオッサン。そういうこともあるって!」
隣で酒をかっ喰らうロマーナが、ガハハハと笑い飛ばす。
「私はジャック様に仕えて十五年になるんですよ! 王都の事情にも詳しい。その私に、エラボルタ王の剣を受け取る重責を任せていただけないとは……」
「まぁジャックさんも急いでたし、目に入らなかったんだろ!」
「いやあの場にはいましたよ! ちょっと離れてたけど……」
「気を落とすなよ〜。ウチらが行くときに一緒に来たらいいだろ?」
「う〜ん本当はそんな問題ではないんですが……」
少し離れた席では、メイディがニックにとある相談をしていた。
「マリア……ですか」
「そうだ。私達と同じ、アマゾネスのマリアが十年前に新大陸に渡って以来、消息を断っている。何か知らないか。どこかの賞金稼ぎギルドに所属したいと言っていた」
「マリア、マリア……ここにはいないな。だがその名は聞いたことはある気がする。ラスさん! マリアっていう人、どこかのギルドにいないかな」
ニックはちょうど近くを通りかかった現ギルドマスターに声をかけた。
「何を言ってるんだ。マリアといえば『カラギールの天使』のことだろう」
「あ、そうか!」
「カラギールの天使?」
「科学技術が最も発達した町、カラギール自治区最強の賞金稼ぎだ。そうか彼女はアマゾネスか……ならあの強さは納得だ」
「連絡を取りたいんだが……」
「よし、向こうのギルドマスターに電話してみよう」
「感謝する」
ラスはカウンターの裏に回った。
「おい、ここはガキがくるところじゃねぇぞ!」
そんな言葉が酒場の入り口の方から聞こえてきた。ロマーナとメイディがパッと振り向くと、そこには案の定ダミアンが泣きそうな顔で立っていた。
「がんばって、がんばって世界中まわって全員ようやくたどり着いたのに……」
「テメーら全員身ぐるみ剥ぎ取って砂漠に放り出してやろうかぁ!」
横でナックルが周りを威嚇している。一触即発の事態だ。
「やめろ、私達の連れだ」
メイディが急いで駆け寄る。
「おう、テメェか。他の嬢ちゃん達はどこにいったんだ。気配が読み取れなくてここに来るのも苦労したぜ……」
「リリスとソラリスは冥界だ」
「冥界!?」
「冥界にいるの!? なんで? ボクらも戻ったほうがいい?」
「いや、私達にはすぐに行かなければいけないところがある。王都だ」
「え? ボクら今王都から来たんだけど……」
「おい、いい加減にしろよテメェ……唐突すぎるんだよ」
「勇者の剣は失われた。エラボルタ王の持つ王家の剣が今すぐにでも必要だ」
「な……!」
「えー!」
「何だって!? カラギールが襲撃された!?」
二人以上に驚く声が、メイディの後ろから聞こえてきた。
「何!?」
今度は、メイディが驚く番だった。
***
「襲撃したのは魔界のシンパ『ヴェロニス』。第一級指定犯罪組織だな」
酒場に残っていた全員で、緊急集会が開かれた。電話を受けたラスが全体に概要を説明した。
「え、ヴェロニスって船を爆発させた人達でしょ! 新大陸にもいるの?」
ダミアンの幼い声が響く。
「奴らの本拠地はむしろ新大陸だ。より扉に近いところだからな。それにこっちにいるほうが過激派だ。我々新大陸の賞金稼ぎギルドは、ヴェロニスとは常に抗争状態だ。だが今回は大軍が攻めてきて、かつてないほどの被害を受けているようだ」
「え、じゃあ助けに行かないと!」
「ああ、だがあまり戦力を割きすぎる訳にはいかない。その隙にこっちが狙われるからな……逆に君達のような外部の戦力なら……」
一瞬沈黙が訪れた。そしてメイディが口を開く。
「マリアは私達にとっても姉のような存在だ……だが私達にはジャック殿から頼まれた任務がある……」
「剣の件か……」
再び重苦しい沈黙が流れる。
「王都には、私が行きます!」
ガンジスが意を決したような声を上げた。
「しかし……!」
「私はアマゾネスのお二人のように強くないし、王都の事情はよく知ってますから……絶対その方が良いです! 私も、お役に立ちたい……!」
ガンジスの目は、いつになく真剣だった。
「だが、直接引き受けた任務を勝手に預けるわけには……」
「メイディ、任せてあげようよ! このオッサンの言ってることも一理あるって」
ロマーナが援護射撃をする。
「ふむ……」
「まぁそれが合理的だろうな。ジャックさんもこんな事態まで想定していたわけではないだろう」
ラスの言葉に、周囲もうなずく。
メイディはしばらく考え込み、やがて心を決めた。
「わかった、任せよう」
「よし、準備だ。カラギールへの救援組を選抜する。ここも守りを固めるぞ」
周りが一斉に動き出した。