第36話 コルド遺跡①
三人を冥界に送り出してから、ジャックはメイディとロマーナに一通の手紙を託した。
「ダミアンとナックルが戻ったら、これを預けてエラボルタから『王家の剣』を取り寄せるんだ。事態は一刻を争う」
「わかった」
「下手をすると、これが唯一の希望だ」
***
ジェイが運転し、ジャックを助手席に乗せた車が荒野を疾走していた。もうすぐ、ゼリナス自治区の領域をも越えようとしている。
「で、何でこの車には屋根がないんだ?」
軍用車のような骨組みと装甲だけの車で、ジャックはシルクハットが飛ばないよう、必死に押さえていた。だがジェイの中折れ帽は、不思議と安定している。
「しょうがないだろ。遺跡周辺の岩場を走破できるのはコイツだけだ。あんたも険しさは知ってるだろ」
「それはそうだが……」
コルド遺跡とは、二百年前の入植以前にも新大陸に文明が存在していたことを明らかにした文化的な遺産であり、かつて剣と強大な力を得たジャックがそのルーツを解き明かすべく訪れた場所でもあった。
ガタガタと揺れる道なき道を必死に耐えて約半日。360度岩場に囲まれた空間の中に、不自然な砂漠がある。その中央に小さな祠のような石造りの建物があった。
その近くに車を停める。もうすっかり夜も更けていた。
「どうする? 野営するか?」
ジェイが尋ねる。
「いや、どうせ中に入ったら外が明るくても暗くても一緒だろう」
「へいへい……」
その言葉通り、遺跡は地下深くに埋まっている。この祠が唯一地表に出ている最上部であり、奥に行くには、どんどんと下っていく必要があった。
ジェイも何度も調査で訪れていて、二人は勝手知ったる悪路を進んでいく。
階段などが残っているところは少なく、調査用に張っている鎖が頼りだ。ランタンも吊っているが、ジャックが魔法で灯す電灯のほうが何倍も明るかった。
かつてジャックがブルースやラスと突破したトラップの残骸が、そこら中にそのまま残っている。
当時でももう誰もいなかったはずなのに、奥に入らせたくない勢力が存在しているようだった。
二人は、現在確認されている最下層まで降りた。そこには魔界と冥界、そしてこの世界を象徴したような壁画が描かれている。
少し歪な三角形を描くように、3つの世界が並べられていた。
冥界と魔界が地面と平行に真っ直ぐ2つ並んでいて、その下にもう一つある楕円がこの世界と考えられている。それぞれの世界には人が一人ずついて、剣を持っていた。
そしてもう一本、剣のみが3つの世界の中央辺りに、下向きに描かれている。これが勇者の剣だ。3つの世界を横断し、災いを祓う役割を負っているのだろう。
描かれているのはここまでだ。
「で、もう一本の剣の手がかりというのは?」
ジャックがジェイの方を向いた。
「俺が気になっていたのはこれだ」
ジェイが指さしたのは、魔界と冥界のちょうど真ん中くらいから斜めに走る傷だ。黒い石壁に、大きくて真っ白の傷が、発見された当初からついていたのだ。
「この図は綺麗な正三角形ではないだろう? この世界はどちらかというと魔界寄りにある。その代わりここと線対称で冥界寄りの位置には、この傷の先端が来ている」
「そうだな」
「わざわざこんなデカく画に描いたのに、どこか惜しい。そう思わないか?」
「ここにも何か描かれていた。そう言いたいのか?」
ジャックが傷のその部分を撫でる。
「そう思ったから、この遺跡をずっと探索してたんだ。この傷はえぐられてできたもので復元は不可能。その代わり、どこかに下絵があるんじゃないかってな」
「下絵?」
「それで、それらしいものを見つけたんだ」
「なんだと!?」
「こっちだ」
ジェイはどんどん壁画から遠ざかっていった。二十メートルほど離れると、そこには荒く掘られた穴があった。だが、その先には何もなかった。
ジャックが怪訝そうにジェイを見る。
ジェイは指を一本立てると、穴の中に入り、見にくいがわずかに出っ張っているところをガチャン!と押した。
ゴゴゴ……と鳴って穴の先の壁が下から上へ徐々に開いていった。
「空洞!?」
「ああ。前からあった仮説だが、この遺跡は元々地上にあって、後から埋まったものだと」
「そうだ。ここを初めて見つけたときに、私が言った」
「壁画があるこのスペースは、おそらく広間。そして隠されたその先には、小部屋のようなスペースがある」
「見つけたのか」
よく見たら、壁に沿って手当たり次第に掘られた跡があった。
「そもそもここは下が土だ。周りの砂も流入してるんだろう。ここが最下層なんて考えちゃもったいねぇ。泥臭い仕事とはまさにこのことだったぜ……入ってみろよ」
本当に小部屋、といった狭いスペースだった。だが中央に、胸の高さほどもある台座が。その上にはもうすっかり焦げ茶色にボロボロになった、一冊の書物が置かれていた。
「紙!? それもまだ残存しているとは……どんな文明なんだ……」
「そいつは俺もまだ読んでねぇ。少し触っただけでも崩れてしまいそうでな。あんたなら適任だ。読んでみてくれ」
ジャックは、そっと1ページ目から開いていった。だがジェイの予想通りどんどんと紙がボロボロになって形を保てなくなっていった。ジャックもなりふり構わずどんどんめくっていく。
「ん? これは……」
ジャックが指さしたところをジェイも覗き込む。
「おい、これって……」
そしてそのページも、綺麗に消えてなくなった。
そこに描かれていた図形は、四角形。
「ああ。きっと世界は、もう一つあるんだ」