第35話 冥界①
視界が晴れると、それまでいた荒野とは全く違う場所に、私達は立っていた。
見渡す限り、金ピカで複雑な装飾。だだっ広い豪邸だ。
「ここが冥界……?」
ソラリスも首をひねっている。
「ジャック君が来たかと思ったのに……ざ〜んねん」
そこには派手な紫色で、露出が多い東洋風のドレスを着て顔の下半分をヴェールで覆っている女性が立っていた。
「久しぶりだな、メリル」
ブルースさんが苦々しい顔でその女性を見る。
この人がメリル……
「あんたはお呼びじゃないのよブルース。もちろん、そこのガールズ達も」
メリルさんが私達の方を見る。
「黙れ女狐が。こっちもてめぇに会いに来たんじゃねぇよ」
「あら! ワタシの家にズカズカと入り込んできながら、そんな態度で良いと思ってるの!?」
メリルさんが両腕を大きく広げた。周りの空気が渦を巻き始める。
その渦の中から何十羽もの黒い鳥が出現し、私達に襲いかかってきた。魔法だ。祖父以外に使っているのを初めて見た。
「キャー!」
ブルースさんが、叫ぶ私達の前に躍り出た。拳銃を抜く。目にも止まらぬ速さで鳥を撃ち抜いていった。弾の交換も、信じられないくらい速い。
撃たれた鳥は、破裂して空気中に溶けていった。十羽ほど撃ち落とした後、残りの鳥は私達の周りをぐるぐると飛び回り始めた。
気づけば、メリルさんの姿がない。
周回する鳥の内、一羽がメリルさんに姿を変えた。ブルースさんを背後から蹴り飛ばす。
「うグッ」
ブルーズさんの顔が歪む。ブルースさんはよろめきながらも、なんとか倒れずに踏ん張った。
ブルースさんは背後のメリルさんを一睨みした後、手に持った拳銃をやたらめったら乱射し始めた。
「ちょっとちょっと! 危ないって!」
私達は焦って姿勢を低くする。でも、その銃弾は私達には決して当たらなかった。なぜかメリルさんの方が悲鳴を上げていた。
「やめてやめて! そこまでにして! ワタシが悪かったから!」
よく見ると、ブルースさんの放った弾丸は部屋中にある絵画やタペストリー、装飾品を中心に、的確に破壊していた。
メリルさんが泣きついても、ブルースさんは止まる様子がない。
「何の騒ぎだ!」
辺りをビリビリと震わせるような、重たくて荘厳な声が聞こえてきた。ただし、私とソラリスは聞き覚えがある声だ。
冥王・アルハンブラがそこにいた。
アルハンブラさんは一通り状況をざっと見渡してから、自分の頭の横で、パチンと指を鳴らした。
周囲が瞬く間に、豪邸から真っ黒な空間に変化する。いかにも冥界、というような光景だ。
「冥界を統べるこの私の前で、このような狼藉を働くとはなブルース。私はお前を買っていたんだが……」
「喧嘩を売ってきたのはその女だぞ」
「あんたが女狐って言うからでしょ!」
「女狐だろうが。てめぇには昔から苦労させられたんだ」
「ブルースよ。この状況では私も妻を擁護せざるを得んぞ」
「あ、あの!」
私はたまらず口を挟んだ。
「ブルースさんは私達を護ってくれようとしたから……失礼があったことは謝ります。でも、ここにはお願いがあって来たんです」
「この剣を渡すわけにはいかないな」
アルハンブラさんが腰に差している剣の柄に手を添える。先手を打たれてしまった。
「俺達はジャックの剣を失った。事態は切迫している。封印が解けてしまうのも時間の問題だ。昔よりも世界の人口は比べものにならないくらい増えている。また戦争になったら、甚大な被害は免れない」
「昔のように戦争になったら助太刀には行ってやる。だが封印用の剣は他を当たるんだな」
「エラボルタの剣は間に合うかわからん」
「剣はもう一本あるだろう」
「幻の5本目の剣か。だがあれこそ所在がわかっていない」
「剣は各世界に一本。君なら思い当たるところがあるんじゃないか、山梨梓」
アルハンブラさんが急に私の方を見た。
え……
私の胸が、トクンと鳴った。