第34話 ゼリナス自治区⑥
「ソラリス!? なんで!? どこから聞いてたの?」
「たぶん、結構最初から。二人していなくなるから気になっちゃって。理由は、冥界っていう場所が気になるのが一番かな。お父さんを生き返らせてもらうってことになってるけど、行ったら直接頼めるかもしれないし」
「冥界は危険だぞ、本来生きている内に行くところではない。強い意志を持っていないと、死に取り込まれ戻ってこれなくなるぞ」
「でも、それはここにいる人誰が行っても一緒でしょ。ジャックさん以外は、危険度は皆同じのような気がする」
「まぁ、それはそうだが……」
祖父は思ったより簡単に折れた。ちょっと待ってよ。
「ソラリスが行くんなら、私も行く」
そんな言葉が、自然と口をついて出ていた。
***
「という訳で、この二人が冥界に渡り、冥王に剣の譲渡を求める交渉をする」
祖父が、酒場のメンバーを集めて説明していた。皆怪訝な顔をしている。
「お、おい。本当にそのお嬢ちゃん二人で行くのかい?」
「そうです」
「危険じゃないか」
「でも、誰かが行かないといけないから」
噴出した声に、一つずつ丁寧に答えていく。
「それだったら、私達も行くよ」
メイディがそう言ってくれた。だが、それには祖父が答えた。
「いや、二人にはこっちで戦力になってほしい。冥界に物理的な強さはあまり関係ない。皇帝も、この世界を護るために君達を送り出したはずだ」
「それなら、俺が行こう」
ブルースさんだった。
「ジャックほどじゃないがアルハンブラとは知らん仲じゃないし、俺は既に棺桶に片足突っ込んでる身だからな」
今度は、祖父は止めなかった。代わりに酒場のおじさん達が慌てだす。
「ええ! それは困る」
「なんでブルースさんが行かなきゃいけないんですか!」
「本気で言ってるんですかマスター!」
「うるせえ! じゃあお前ら誰か代わりに行くか?」
ブルースさんが一喝すると、全員が黙り込んだ。
「ほら見ろ。このお嬢ちゃん達以外にそんな気概を持ってるやつらなんかいないだろうが」
ブルースさんが私達四人を指す。
「だがまぁそりゃ当然だ。死者の世界だからな。お前達は今後、死ぬまでは決して関わるな」
「でも、その冥王の剣って本当に必要なんですか?」
「逆に、ないと我々に勝ち目はなくなるだろうな。魔王も剣を持っている」
ブルースさんが参加するとなってから、どんどん色んな質問が飛ぶようになった。祖父が答えていく。
「でも、冥界に行っても剣を手に入れられるとは限らないんでしょう? 旧大陸にもあるって話じゃないか。そいつを何とかこっちに持ってこれないのか」
「もちろん王家の剣も手配はするが、間に合うとは限らない。それにできれば、魔王への応戦用と封印用で二振りあるのが理想的だ」
「じゃあ今のところ、両方間に合わない可能性もあるってことか……」
一同の空気が、さらに重くなる。
「なぁ、お前五本目の剣に至るヒントを得たかもしれないとか言ってなかったか?」
そんな声が聞こえてきた。何人かの目線の先に、一人の男がいた。それまで冷静だった祖父が、珍しく身を乗り出す。
「その話は本当か!?」
「ああ、コルド遺跡の奥に、別の遺跡に繋がりそうな壁画を見つけた。まぁ実際手に入れられるかというと、望みは薄いだろうが」
男の名前はジェイというらしい。古びた革製のジャケットに中折れ帽を被り、いかにも冒険家という出で立ちだ。
「可能性が少しでもあるなら当たっておきたい。それほどまでに、魔王は強い。そっちは私が行く。案内してくれないか」
「わかった」
「よし、じゃあ決まりだ!」
ブルースさんがパンパンと手を叩いた。
「リリスちゃんとソラリスちゃんと俺で冥界へ飛ぶ。ジャックとジェイでコルド遺跡へ。アマゾネスの二人と他のやつは魔界の扉の状況に気をつけつつ戦闘準備を整えておけ。ラス、あとは頼んだぞ」
ブルースさんは、最後は中でも一番年上そうなおじさんの方を見た。
「分かりました。気をつけて」
この人がラスさんなんだ。
***
ブルースさんが拳銃を軽く点検してから、腰に差した。白銀の大きな回転式拳銃だ。
「冥界ではなんの意味もないぞ」
祖父が声をかける。
「そんなことは分かってる。だが、ないと落ち着かん。こいつがあっての俺だ」
「さっきのラスさんっていう人が、今のギルドマスターですか?」
私も気になっていたことを、ソラリスが聞いてくれた。
「そうだ。ウチは賞金稼ぎギルドとトレジャーハンターギルドを兼ねているが、両方を統括している」
「へぇー」
「新大陸では各所にある賞金稼ぎギルドが実質的な治安維持機能を担っている。彼らの存在そのものが、悪人にとっては抑止力だ」
祖父が教えてくれた。じゃあ警察みたいなものなんだ。
「ふん、金に忠実に動いているだけだ。トレジャーハンターの方こそ泥棒みたいなもんだしな」
ブルースさんが自嘲的に笑った。
「そろそろ準備はできたか」
町の外れの赤茶けた草原で、祖父の周りを私とソラリスとブルースさんが囲んだ。祖父がブルースさんに煙玉を渡す。そして私とソラリスの方を見た。
「アルハンブラのことだから悪いようにはしないと思うが、場所としてそもそもとても危険なところだ。大切なのは意思の力。私は、二人なら大丈夫だと思っている」
「うん」「はい」
あまりピンとこなかった。
「ブルースさん、二人を頼みます」
「分かってる。どんな手を使っても、この子達は無事に帰す」
その言葉を聞いてから、祖父が少し離れた。
ブルースさんが煙玉を勢いよく地面に叩きつけた。真っ黒な煙が黙々と立ち昇り、私達を包む。
何も見えなくなった。