第31話 ゼリナス自治区③
祖父はそこら中に転がっている鳥の亡骸を一つ一つ見ていった。
「瘴気にやられた鳥だろう。最近増えている」
ブルースさんが言った。
「いや、これは"魔鳥"ですね」
深刻そうな表情で祖父は立ち上がった。
「何ィ!?」
ブルースさんもひどく驚いた様子だった。
「まちょうって?」
私の問いに、祖父が答えてくれた。
「魔界に生息している鳥だ。体が小さいから、封印の抜け目からは、まずこいつらが通ってくる」
「え? これ小さくなくない?」
魔鳥は近くで見ると、私やソラリスなんかよりはるかに大きかった。
「他の魔族はもっと大きいぞ」
「え……」
冷や汗が出てきた。聞かなければよかったかもしれない。
「まあ少なくとも、こいつらクラスが出てくるまで穴は大きくなっているということだ。これは一刻も早く、封印を締め直さねば」
祖父はニックさんの方を向いた。
「このまま車を借りていいか。すぐにでも向かわなければならない」
「え、ええ……車は構わないが俺は運転しないからな。そんな危ないところ行ってたまるか」
「そんなことは頼んでない。早く貸してくれ!」
「の、乗ってけよ……キーは挿さったままだ」
祖父はいつになく焦っていた。急いで車に向かう祖父に、ブルースさんが鋭く言い放った。
「待て、ジャック! どれくらい口が開いているか分からない今、いくらお前でも準備を整えんと危険だ。うちの若い衆も来させる」
「そんなことを言っている場合では! 既に時間を使いすぎた。魔鳥まで飛び回っているようじゃ、手遅れになるのも近い」
「そんなことは分かってる! 俺だって魔鳥を見るのは大戦以来だ。だがお前が一人で犬死にしたらどうするつもりだ? それこそ世界の破滅だぞ。お前しか希望はいないんだ」
その言葉を聞いてようやく、祖父は少し落ち着きを取り戻した。
ブルースさんは私達を、牧場の近くの平屋の一軒家に誘導し、そこで固定電話のようなものを使って誰かを呼んでいるようだった。そして今度は、その隣の納屋へ。
「準備がいる」
そう言って納屋の手前の地面に右手をつくブルースさん。そこだけ妙に黒く、ツルツルした質感だった。
ピピピッという短い電子音と共に、ブルースさんが手をついた周囲が円状に緑に光った。
ゴゴゴ……という音がして、目の前の納屋が建物ごとせり上がっていった。
「何これ!?」
かろうじて声が出た私以外は、ソラリスもガンジスもメイディもロマーナも、ただ呆然とその光景を見つめていた。
それまで納屋があった場所は、妙に近未来的な白銀のこれは……
「武器庫か。こんなところに隠していたか」
祖父が感心したように言う。そう、そこには360度所狭しと、大量の銃器が並べられていた。壁面にかかっているものと、腰くらいの高さで傾斜のある台に立てかけられているもの。
「実弾、レーザー、グレネード。まぁ、何でもある」
ブルースさんは一丁手にとって満面の笑み。確かに見たことあるような拳銃やライフルだけでなく、初めて見るようなものすごい太い筒状の、配線が細かく表面に走っているものなんかもあった。
***
荒野を、沢山の車、オートバイで何列にもなりながら駆け抜ける。皆武装していた。
「なんか暴走族みたい……」
「ボーソーゾク?」
ソラリスが私の独り言に反応する。
「あ、ごめん。何でもない」
暴走族も通じないんだ……
私達は牧場まで来たときと同じようにニックさんの車に乗っていた。唯一違うのは、ガンジスの代わりにブルースさんが一緒に乗っていることだ。ガンジスは今、別の車で肩身の狭い思いをしているだろう。
「なぁ、ブルースさん。俺ぁ行かねぇって言ったじゃねぇか。だって危険なんだろう?」
運転席のニックさんは、明らかに嫌がっている。そんなニックさんを、助手席のブルースさんが一喝した。
「バカタレ。魔界の封印が完全に解けたら安全なところなんて有りゃあしねぇよ」
「勘弁してくれよ〜〜」
道なき道を快走することそれから約二時間。
「見えたぞ」
ブルースさんが指を差す。
大地が、裂けていた。
そして濁った光のアーチがそれを跨いでいる。
アーチの中では同じように濁った虹色の光が、異様な渦を巻いていた。