第28話 アマゾニアス⑥
「ホントに行くの?」
「うん。またすぐに追いかけるよ」
魔界の瘴気の治療法を確立したダミアンは、これから大陸中を廻って感染者を治療していくと言った。
「すまない。面倒をかけるな。正直言って対策の目途は立っていなかったから、助かる」
祖父がダミアンの肩に手を置いた。優しく微笑む。ソラリスとガンジスも嬉しそうだった。心なしか、ダミアンは以前よりも精悍な顔つきになっている気がした。
ナックルの瞬間移動を使ってアマゾニアスをあとにしたダミアンを見届けてから、私達は改めて神殿を訪れた。
「いよいよ旅立つか」
アラネスが重々しく言う。
「もう船もない。約束通り、『バルサイ』を使わせてもらう」
「ああ、かまわん。使うがよい」
「それでは。種々の支援感謝する」
祖父が踵を返した。私達も続く。
「待て」
背後から声がした。アラネスだ。
「メイディとロマーナを連れて行け。戦力になるだろう」
私達が上陸したときに、祖父が最初に交戦した二人だ。
「皇帝! あの二人は現在屈指の使い手ですよ! 警備隊の要でもあります。魔界の脅威もある今、外に出してはアマゾニアスの防衛が手薄になります」
ガザリーナさんが少し慌てて言った。
「かまわん! 世界の脅威を解消する方が先だ。我々も協力せねばならない。あの二人がいなくなったとて、アマゾネスは揺るがん」
「本当に良いのですか?」
ガザリーナさんが、念を押すように言った。
「くどいぞ。ガザリーナ」
その一瞬見せたガザリーナへの視線は、今まで見たことないほど厳しいものだった。ガザリーナさんも、思わず怯むほどに。
やる時はやる、というのは本当のようだ。
***
私達は海岸に向けて歩いていた。
隣を歩いているアラネスの様子も、元の一人の少女に戻っていた。ソラリスと話しながら、無邪気に笑っている。
「バルサイを操るのにも人がいるかなと思って!」
快活にそう言った。
色々な、他愛ない話をしている間に海岸に着いた。綺麗な、白い砂浜だ。
「これが『バルサイ』っ……!」
海岸に着き、私達はそこで初めて『バルサイ』を目にした。
それは大きなトビウオのような、そんな感じだった。ただ全長3メートル近くあって、その身体はもっと丸っこい。それが3匹並んでいた。
ヒレもあるし魚とほぼ同じような見た目だが、一番違っているのは、砂浜の際々までその生物はやって来ていて、その身体のほとんどを水上に露出していることだ。
よく見ると細い綱に繋がれ、その先にはソリのようなゴンドラが一匹ごとに付いている。
「え? もしかしてこれに乗って行くの?」
ゴンドラも結構小さい。
「そうだ。だが、速いぞ」
祖父がニヤリと笑った。
「そうだな。新大陸までだと、4時間くらいかな」
ガザリーナさんがさらりと言った。
「速っ!」
だって定期船でも、数日かかるという話だったじゃないか。
「アマゾニアスが孤島だからって、外界と繋がりがないなんて思ったら大間違いだ。アタシ達は旧大陸にも新大陸にも出入りする」
私達はゴンドラに荷物を載せた。
「じゃあね。世界を救ってきて。私も全力で、アマゾニアスを護るから」
「うん」
アラネスが私とソラリスの手を順番に握って、ブルンブルンと振った。
メイディとロマーナと祖父が手綱を握った。ガンジス、ソラリス、私がそれぞれのゴンドラに乗り込む。
砂浜を離れたかと思ったその束の間、ものすごい風圧に襲われた。何とか目を開けると、周りの景色が今まで見たこともないようなスピードで過ぎ去っていく。
「何これーーー! すごーーーい!」
***
何とかそのスピードにも慣れ、不安定なゴンドラの中でもリラックスできるようになってきた頃、私はずっと気になっていたことを、前にいる祖父に尋ねた。
「ねぇ、六十年前も瘴気の感染者はいたんだよね。こんな治療法がない状態で、どうしてたの?」
しばらく経ってから祖父は口を開いた。
「あの頃は戦争だったんだ」
祖父はそれっきり何も言わなくなってしまった。
第一部 完