第26話 アマゾニアス④
「何!? 拘束していたんじゃないのか?」
「縛って閉じ込めていたが、逃げたらしい。見張りにつけていた船員も、一命を取り留めてはいるが重体だ」
祖父とブラック船長は急いで神殿を出て行った。
「『ヴェロニス』とは?」
アラネスが、取り残された私達に尋ねる。
「ま、魔界シンパの過激派です……私達はきゃつらの妨害を受け、ここに来ることになりました……」
ガンジスが代わりに答えた。珍しく少し緊張している。
「お主らは我々に助けを請うだけでなく、災いをももたらしよるか!」
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう、アラネス。アタシ達も行くよ。脅威を見極めなくては」
「はーい……」
アラネスが、高い玉座から、ピョンと飛び降りる。
「皇帝直々に行くんですか?」
ソラリスが尋ねた。
「アタシ達は戦闘民族だからね。皇帝とはいえ、死んだらそれまでだよ。アマゾネスは皆強くて賢い。代わりはいくらでもいる」
***
神殿がある街より、少し南東にくだると小さな村があった。
『ヴェロニス』の内、逃げた二人が固まって、戦士達に取り囲まれていた。ただし男達の方も、5歳くらいの女の子を人質に取っていた。青龍刀をつきつけている。
祖父も既に、駆けつけていた。
「おめぇら! 近づくと、コイツがどうなるかわかってんだろうな!」
私は焦って周りを見渡したが、祖父を含め皆冷静だった。
「この島でそんないきり立ったところで、何ができるというんだ? 味方は誰もいないんだぞ? 君達に勝ち目はない。良いから投降しなさい」
「うるせぇ!」
「どうやら無策のようだな。悪いようにはしない。穏便にいこうじゃないか」
「黙れ! 船をよこせ。俺達を安全に島から出すんだ!」
「馬鹿なことを言うもんじゃない。あの船と、一流の船員が揃って初めて、この大海洋を越えられるんだから」
「もうジャックさんの新大陸行きを阻止するという目的は達成できたんだから、それで良いじゃないか」
ブラック船長が横から声をかけたが、祖父はまた言った。
「いや、もうこの二人には、そんな理屈はどうでも良いんだろう」
「どうするんだ? ずっと手をこまねいてるわけにはいけない」
その時だった。人質になった女の子が、一瞬の隙をついて男の剣を持っていない手の親指をねじり上げた。そのまま相手の力を利用するように、手首をひねって転ばせた。
祖父もその瞬間を見逃さず、指先から僅かな電撃を放ち、もう一人の男を武装解除させた。
戦士達が即座に二人を取り押さえる。
「くッ!!! ガっ!!!」
男達は動けないながらも、怒りに任せて抵抗した。何とか取り出したのは、一本の小瓶。
その存在を知る私達は、もれなく息を呑んだ。祖父の表情にも、緊張が走る。
「その瓶に気をつけろ!」
祖父のその声に反応するように、男が手近にあった岩に瓶を叩きつけた。粉々になる瓶。空気中に放たれる瘴気。
「皆、それを吸うな! そいつらにも吸わせるな!」
戦士達は即座に呼吸を止め、アクロバティックに飛び退いた。自らの身体を回転させたその反動で、男達も移動させる。
結果、誰も瘴気を吸わずに済んだ。目の前の瘴気は決して拡散することなく、漂い続けている。
「何なんだこれは、一体」
後ろから声がした。アラネスだ。
「魔界の瘴気だ。とても危険なもので、封印が緩むことで、今、この世界に漏れ出している」
「ほう……」
実際にその脅威を目にしていないアラネスには、ピンと来ていないようだった。
「百戦錬磨のアンタがそんなにビビるなんてねぇ。そんなに厄介な代物なのかい」
「そうか、君も初見か。ガザリーナ」
「まぁね。大戦のときもこの島には流れてこなかったし、アタシが実際に各大陸に出向いたのは終盤だったからね」
「じゃあ教えてやるよ!」
聞き耳をたてていた『ヴェロニス』の一人が、連行される中戦士達が連れている馬のような、アルパカのような生き物の尻を勢いよく蹴った。
瘴気がたちこめるその空間に、驚いたその生物は突っ込んでいった。