第18話 大海洋(The Great Ocean)②
「すごい・・・」
思わず声が出てしまった。
船の中央、数フロア分吹き抜けた豪勢なダンスホールに、私達は迷い込んだ。いや、というより、王の間にあるものと変わらないような大きな扉に吸い寄せられた。
部屋に入ると見たこともないような大きさのシャンデリアが天井のど真ん中に下がっている。だだっ広いその空間は、まだ昼間ということもあるのか、誰もいなかった。
きらびやかなカジノの異様な熱狂の中ををおそるおそる素通りし、劇場でミュージカルを一つ見た。題材が異世界過ぎて私にはよくわからなかったが、隣を見るとソラリスも首を傾げていたし、ダミアンは寝ていて、ナックルは客席にいなかった。あれ?
「つまらなそうだね」
公演が終わり劇場を出たところで、ソラリスがダミアンについに声をかけた。
「ううん! そんなことないよ!」
ダミアンが焦ったように言う。
「ごめんね! 誘っちゃって」
ソラリスは私達二人に謝ってきた。
「それにしても、ナックルはどこいっちゃったのかなぁ」
ダミアンが急いで話題をそらした。ナイス。
「ここだぞ」
「「「わぁっ!!」」」
ナックルはいつの間にか、私達3人が立っているちょうどド真ん中にいた。
「ちょっとびっくりさせないでよ!」
「ダミアン! ダミアンーーーー!」
ソラリスが、泡を吹いているダミアンに寄り添う。
「あっちの方が、お前ら好きそうだぞ」
ナックルはおかまいなしに話を続ける。指差した先には、薄暗い通路が。あれはおそらく、バックヤード。『関係者以外立ち入り禁止』の立て札が見えた。
私とソラリスは目を見合わせた。二人とも、ニンマリとした笑みがこぼれていた。
***
「ねぇーー、ここどこですか?」
動かないダミアンを私とソラリスで引きずっていたので、ダミアンは完全初見の、ただただ無機質な廊下で目を覚ましていた。
最初はワクワク気分で探索していた私達だったが、船員の部屋や倉庫、厨房など、特段退屈さにかけては少しマシなくらいだった。
ティーンエイジャーくらいの女子二人と子どもとカワイくない妖精。そんな異様な取り合わせでも、バックヤードで誰にも声をかけられなかった。
すれ違う人がいないわけではなかったが、みんなせいぜい一瞥をくれるくらいで通り過ぎる。少し不可解に感じたが、そんな状況に乗じて、私達はどんどんと奥に進んでいった。
見えてくる光景がどんどん無骨なものになってくる。配管もムキ出しだ。
「なんかすごい扉!!」
ソラリスが前方を指差す。そこには黒ずんだ鉄製の、分厚そうな扉があった。真ん中に丸いハンドルのようなものがついている。
「機関室とかかなぁ?」
ハンドルを回してみようとしたが、それはあまりにも固かった。ソラリスとダミアンと、3人がかりで回してみてもビクともしない。ため息をついたナックルが指をパチンと鳴らすと、ものすごい勢いで回って開いた。
「それできるんならはじめからやってよ!!」
***
中は本当に機関室のようだった。おそらくこの船を動かすための、私達の背丈の何十倍も大きな機械がガッチャンガッチャンといくつも動いている。そして暑い。
「わぁーーー」
ダミアンが目を輝かせながら機械の方に駆け寄る。まぁ、確かにここのほうが面白そうだ。
私とソラリスはぼんやりとこの広い部屋を歩いてみた。部屋の隅の方に、汚い毛布、食べカスの残ったカンヅメなんかが無造作に置かれている、随分と生活感があるスペースがあった。でも、人影はない。
「ねぇ!! リリス! こっち!」
ソラリスが機械の影になっているところを指差しながら、私を呼ぶ。珍しく声が焦っていて、深刻そうだった。
「んーー! んーーー!!」
駆け寄ってみると、そこには汚い下着姿のおじさんが、後ろ手に縛られて転がされ、苦しそうにうめいていた。猿轡もはめられている。
驚きのあまり、私は声も出ない。
ガチャン!!!
半分くらい開けておいたはずの表の扉が、勢いよく閉まる音が聞こえた。