第17話 大海洋(The Great Ocean)①
この世界はずっと、数百年前にエラボルタ王の一族が統一を果たした大陸(The Continent)が全てだと思われていた。しかし、大陸を取り囲む大海洋(The Great Ocean)に乗り出して東に進むと、別の大陸があることが約ニ百年前に発見された。
新大陸は元々、動物もいなければ植物も生えてない、不毛の土地だった。ただただ続く荒野と岩山。そこにあったのは大地の恵み、鉱物資源だけだ。金、銀などの貴金属、石炭、石油などの化石燃料。この大陸にはいくらでもあった。
鉱物資源だけを求めた最初の入植者は、新大陸のあまりの過酷さに全滅した。そこで次の集団は、まず井戸をほって地下水を確保し、木を植え野菜を育て、人々が生きていける環境を整えることに苦心した。
その世代もほぼそれだけで潰えたが、その次の世代がようやく、本来の目的となる採掘と、居住区の開発を始めた。
元々旧大陸でにっちもさっちもいかなくなった人間がほとんどだ。旧大陸の人間に負けるか。この想いだけで技術力を驚異的に向上させ、今も独自の発展が続いている。
***
「なんだってさ」
私は、新大陸の歴史が書いてある、薄い薄いパンフレットを閉じた。客室に置いてあったものだ。
「ふーん」
「ほー」
ダミアンは真面目な良い子だから、私の読み聞かせの間ずっとこっちに身を乗り出してくれていたが、時々舟を漕いでいた。ナックルに関しては論外。適当な相槌を口にしているだけだ。まぁ、そうしているだけでもマシか。
「でも、魔界との戦争については何も書いてないね」
「あ、ホントだ」
ソラリスに指摘されるまで気が付かなかった。そりゃ私だって、直接経験したわけでもないし。
「もちろん、新大陸の人々も甚大な被害を受けたさ」
祖父は私達が訪ねていった個室で、拡げていた新聞を閉じた。ブラック船長のご厚意で、私達は一人一部屋の豪華な客室を割り当ててもらっている。まぁもっぱら、祖父とガンジス以外は私の部屋に入り浸っているのだけれど。
「新大陸に限らず、六十年前の魔界の侵攻は皆"なかったこと"にしたがっている。あれは忌むべき地獄の記憶。それについての記録もなければ遺物もない。全て焼き捨てられた。リリスだって、今回の件が起きるまでは魔界というものの存在すら知らなかったはずだ」
祖父が私に目を向けた。確かに知らなかった。でも知らなかったのはそれだけじゃ・・・
「でもジャックさんは英雄と言われているじゃないですか」
ソラリスが怪訝そうな表情を浮かべた。
「そんなことはないが、もしそう思う人がいるならそれは国の再建にもだいぶ関わったからだ。今でこそ領地で半隠居状態だが、二十年前くらいまでは大陸中を飛び回っていた」
「この世界では魔界との戦争は知られてないんですか? 冥界ではみんな知ってる常識ですよ?」
「でも、その割にジャックさんのことほとんど知らなかったじゃない」
「いやうぅ・・・」
揚々と出てきたダミアンが一瞬で縮こまる。
「まぁそりゃしょうがない。冥界でその話といやぁ、ほぼ冥王一人の武勇伝だ」
ナックルがニヤニヤ笑いながらダミアンの背中をさする。
「あいつらしいな」
祖父も口の端を上げ、乾いた笑いをたてた。
***
一週間の船旅のために、定期船の中には遊興施設がたくさんあった。カジノに劇場、レストラン。まさに豪華客船。そしてこれはまだ、パンフレットから得た知識だ。
ソラリスが私を誘う。
「ね、一回船の中廻ってみない?」
私以上に、ダミアンが目を輝かせた。