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若葉同盟  作者: 緋色ざき
第一章
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戦う理由

 家について、バッグを部屋の隅に放ると僕はベッドに飛び込んだ。それからしばらく天井を見上げていたが、ふと、自分がなぜ文化祭でダンスに反対しているのかを思い出して、勉強をしようと思い立ち上がった。

 バッグを手に取って机に座ると目の前には二年次三学期期末考査の素点表が映った。見事なまでに低い点数の羅列が続き、最後にクラス四十位、学年三百十八位という僕の現在地が示される。これは僕の自分に対するある種の戒めだ。自分に甘えそうになったときにこれを見て自分を律する。ただ、あまりにも残酷な数字にへこむこともある。

 そもそも僕は、なぜ勉強を頑張ろうとしているのだろうか。その答えはすぐに浮かぶ。このままいくと大学受験で僕の志望校には学力が到底及ばないからだ。そして、勉強時間を作り出すために僕はダンスに反抗しているわけだ。

 しかし、勉強時間を増やせば合格に近づくのかと言えば、ことはそう簡単な話ではない。一年次からクラスの最下層を突き進んでいた僕は基礎が欠落している。勉強に限った話ではないが、どんなことにも基礎は必要だ。スポーツでも基礎的な動きができるようになって、それから応用に移る。だから僕も基礎から勉強をし直す必要がある。こんな状況で闇雲に勉強をすることは底なし沼に柱を立てるようなものである。

 僕は実はずっとこんな状況を抜け出したいと思っていたけれど、なかなか勉強に身を入れることができず、変わることはなかった。定期テストや模試の結果が振るわないことなんて日常茶飯事でそれを馬鹿にされて悔しさを感じることもあった。でも、そこから抜け出せなかった。多分、この理由の一端には受験という存在の遠さがあったのだろう。先の見えない戦いは僕にはできなかった。でも、今になって思えばそれは自分を正当化するための盾だったのだろう。心の底では分かっていた。今の現状はただの逃避行で僕は変わらなければいけないことを。 

 しかし、ある出来事が起こった。期末テスト学年最下位という恥ずべき出来事だ。これがなぜ僕の心に響いたのかは正直いまもよく分からないけれど、そこから僕は勉強をするようになった。毎日一時間机に向かうようになった。人によってはそんなの少ないしやったうちにはいらないなんていう人もいるかもしれないが、僕にとって、「ゼロ」を「イチ」にしたのは大きな進歩だと思っている。

 ただやはり、二年間もスタート地点でもたもたしていた僕は他のみんなよりも圧倒的に遅れているわけだし、いまのこのやる気のある状態を持続しなくちゃならない。

 まあつまるところ、巡りめぐって文化祭でダンスをやりたくないという結論に到達するのだ。もしダンスに決まってしまえばこれまで全くダンスとは無縁の生活を送っていた僕は夏休みをダンス漬けにすることになり、勉強どころではなくなってしまう。その点、食品ならば材料さえ用意してしまえば当日は忙しくなるが夏休みはほとんど何もする必要がなく、十分な勉強時間を確保することができる。時間は有限なのだ。

 まあしかし、僕みたいに勉強に重きを置きたい人間が多数存在するのにもかかわらずうちの高校の三年生のほとんどは毎年学園祭でダンスを披露することになる。一体全体どうしてそんなことが起きるのかと言えば、そもそもの原因は学校側が設けているルールにある。うちの学校では一、二年生は演劇を強制的に行うことが決まっていて、それ以外のダンスや食品、肝試しなどの演目は三年生しか行うことができないのである。おそらくこれは三年生は受験があるから劇のように時間や労力が必要な演目はしなくてもいいという、学校側からのお達しだったのだろう。しかし、むしろそれは悪手でなぜかどのクラスもダンスに走るのである。おかげで学園祭の行われる二日間体育館はほとんど三年生に占拠されることになる。僕はもうこの風習が本当に嫌で嫌でたまらず、稲城や永山と三年生になったら食品がやりたいなと言い合っていたのである。しかし、不運なことに今年のクラス替えで比較的影響力の強そうなダンス部三人と同じクラスになってしまい、僕らの目論見に暗雲が立ちこめたのだ。そもそも、僕らは文系クラスで、文系クラスは女子の方が人数が多いから正直なところ、僕は早い段階で食品は無理だから照明を死ぬ気で取りに行くかと考えていたのである。ぶっちゃけ若葉との屋上での邂逅があるまではダンス部打倒は机上の空論であった。それは稲城も永山も同じはずだ。だから僕は若葉が仲間として加わってくれたことに驚いたのと同時に淡い期待を抱いたのだ。もしかしたら文化祭で食品ができるのではないかという期待を。

 そして、いまのこの状況を作ってくれた若葉には直接言うことはないだろうけれど感謝しているのだ。

「っと、そんなことを考えている暇があったら勉強しないとだな」

 僕は頬を軽く叩いて気合いを入れると英語のテキストを開いた。なんだかいつもよりも集中できて、そこから二時間以上止まることなくシャーペンを動かした。


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