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若葉同盟  作者: 緋色ざき
第一章
7/31

第一回、多数決

「それでは、文化祭の出し物を決めたいと思います。意見がある人は手を挙げてください」

 六時限目のホームルーム後。橋本が教壇の前に立ち、クラスメイトにそう呼びかけた。すると、後ろの席の一人の女子が挙手した。

「はい、みさ……、高幡さん」

 高幡さんと呼ばれた女子生徒は当てられると笑顔でいった

「ダンスがやりたいです」

 そう、彼女こそが我がクラスの三人目のダンス部員、高幡岬である。彼女は気の強そうな大沢や小悪魔系の橋本はちがい、ほんわかとしたイメージの子である。そのため、僕は他の二人よりはいいなと感じていた。しかし、この発言で僕の彼女への好感度は氷河期の日本のようにマイナスに突入した。

「ダ、ン、スっと。他に意見はありますか?」

 黒板にそう書いて、再びクラスに目を向ける。誰も手を挙げる雰囲気はなかった。なんとなく、教室中がダンス部に飲み込まれていっているような感じがした。僕は稲城、永山に軽く目配せした。すると、稲城が不適な笑みを浮かべ、高々と腕を突き上げた。

「は、はい。稲城くん」

「食品がやりたいです」

「おおう、王道だねー」

 橋本はそう言って、また黒板に記入した。意見に対して何か一つ感想を入れるところがなかなかポイントが高いなと思った。なぜなら、その一言一言が時間稼ぎになるからだ。

「食品と。他に何かありますか」

 今度は僕の番かなと思い、稲城と永山に目配せを送りそれからゆっくりと手を挙げた。

「はい、相模くん」

「喫茶店がいいと思います」

「あれ、それってあまり食品と変わらないよね」

 橋本は頭にクエスチョンマークを浮かべた。しかし、僕の中では明確な線引きがあった。

「そんなことはないと思います。食品といっても喫茶店と模擬店みたいに全然違うかたちがあるので。それに、例えば喫茶店一つ取ってみても、その中でまたいろいろありますし」

「なるほどねー。たしかに喫茶店でもメイド喫茶と漫画喫茶じゃ全然ちがうもんね。ちなみに、相模くんは喫茶店をやるとしたら、どういうのがいいの?やっぱり、メイド喫茶とか」

 何がやっぱりなのかはよく分からないが、そのままメイド喫茶と答えるのも癪だったので、僕は見当外れの解答をしてみることにした。

「そうですね……。アニマル喫茶とか、どうでしょう?」

「アニマル……?さすがに動物は教室に連れてこられないんじゃないかな」

 橋本がそう言って笑った。しかし僕が言いたいのはそういうことではない。

「えーっと、そうじゃなくて、動物のコスプレをするってことです」

「あっ、そういうことかー。な、なかなかマニアックだね-」

 心なしか橋本が引いているように見えた。一体何を想像しているのだろうか。周りの生徒たちも僕の方を見て何やらひそひそと話している。稲城に至っては腹を抱えて大爆笑である。僕はなんだかいたたまれなくなって。そっと腰を下ろした。

「あー、ごほん。他に何か意見は?」

 そんな空気を変えようとしてか、大沢がわざとらしく咳払いをした。底には少なからずいらだちも垣間見えて教室は一瞬で静寂を取り戻す。それを見て、大沢は髪を掻き上げると、小さく息を吐いた。なんとなく教室の空気が悪くなり、みんなが意見を唱えることを躊躇してしまうような雰囲気が漂い始める。と、後ろの方でゆっくりと手を挙げる猛者がいた。永山である。永山はしかし、少し縮こまった様子で手の上げ方もどこか控えめだった。

「はい、永山くん」

 場の空気を和ませるかのように、明るい橋本の声が響いた。

「えーっと、肝試しがしたいです」

「おっ、これも王道だね」

 永山もその反応にほっと胸をなで下ろしたようで少し表情を緩ませた。

「他に何かあるかな?」

 そこで、初めて僕ら三人と、それから高幡以外から手が上がった。眼鏡をかけた真面目そうな青年、片倉康生である。

「はいっ、片倉くん」

「僕は劇がしたいです」

 眼鏡をくいっと上げ、まっすぐな瞳でそう言った。案外普通の意見だなと思った。そういえば、この片倉は一年生のときに同じクラスだった。しかし、あまり関わりはなく、見た目通り成績が良いことと風紀委員であることくらいしか分からない。実は学園系漫画の読み過ぎで僕も風紀委員になろうとしていたことは内緒だ。そして、仕事内容を聞いて挫折したことも……。

「おおう、劇ね。そういえばまだ出てなかったね」

 橋本はまた黒板にさっと書き上げた。僕はなぜ大沢が書かないのかな、なんてくだらないことを考えていた。もしかしたら黒板に字を書くことがあまり上手くないのかもしれない。

 それからまた、僕ら三人による独壇場で意見の出し合いが続き、いつの間にか授業終了の十分前になっていた。黒板は僕らのしょうもないアイディアで埋め尽くされ、ごちゃごちゃになっていた。橋本が「それじゃあ、この中から多数決で候補を絞っていきたいのですが……」とは言ったものの、数が多すぎて多数決は厳しいと判断したのだろう。奏多ーと大沢に泣きついている。と、そこで稲城が「ちょっといいか」と言って立ち上がった。

「これは提案なんだが、食品関係は食品でひとまとめにした方が良いと思うんだ」

 僕は悔しいが稲城が少しかっこよく見えた。実はこれは事前に話し合い、稲城がやることになったのだが、これなら僕がやれば良かった。まあ、おそらく僕は稲城みたいにできないだろうけど。しかしこれ、本当にろくでもない話だ。僕らが風呂敷を広げられるだけ広げて、やっぱりそれをまとめようというのだから妨害行為もいいところである。

「あー、なるほど。たしかにその方が良さそうだね。どうかな、奏多」

「うん、いい考えじゃない」

 大沢はその考えに頷く。橋本とちがい、終始表情を緩ませることのないその姿に僕は何を考えているのかよく分からず少し不気味に見えた。

 しかしなんにせよ稲城の要求は通ったわけで、残り時間も少なくここまではこちらの狙い通りにことが進んでいるといっていいだろう。良い流れだ。このまま今日をなんとか押し切ることができれば来週まで猶予を作ることができる。

 黒板を見ると、橋本が必死に食品関連のアイディアをひとまとめにしていた。僕たちの出した有象無象があちこちに散らばっていて、とても大変そうである。

橋本がようやくまとめ終えると、黒板にはダンス、食品、劇、肝試しの四つしか残っていなかった。僕は少し橋本に申し訳なく思った。

「よし、それじゃあいまから多数決をするからこの中から一つ選んで手を挙げてください。それで上位二つくらいに絞って決戦投票っていうかたちにします。それではみんな顔を伏せてください」

 それに従って生徒たちはみな顔を机に伏せた。僕は前がわずかに見える位置に顔のうつむき幅を調整し、突っ伏した。少しでも情報を得たいと思ったからだ。

「よし、みんな準備はオッケーだね。それじゃあ、ダンスがやりたい人は挙手」

 バッといくつもの手が挙がる音がした。僕の前の席のやつも手を高々と挙げている。やっぱり、このクラスにおいてダンスは一大勢力なのだと改めて実感した。この段階で見るのであれば、僕らはダンス部に完全な敗北を喫しているわけだ。しかし、ここで手を挙げているやつの中にはダンスにそんなに乗り気ではないけれどダンス部に目をつけられたくない層も確実にいるだろう。なんたって、実行委員会がダンス部の二人で誰が何に手を挙げているのか把握できるのだ。しかし、こんなときまでクラスの立ち位置を考えているやつは将来大成しないだろうなと思った。せいぜいお偉いさんの腰巾着がいいところだ。ただ、こういう類いの話はうちのクラスに限った話ではないだろう。良くも悪くも協調性があるというのは日本人の特徴の一つだと言われている。よく言えば、空気を読むことに長けているといったところか。まるで僕と正反対の特徴である。ということはつまり、僕は日本人らしからぬということか。

「はい、手を下ろしてね。じゃあ、次。食品をやりたい人」

 くだらないことを考えているうちに、ダンスの集計は終わっていたようである。結果、僕は周りから少し遅れて手を挙げることになってしまう。少しいたたまれない気持ちがした。ダンスのときと同じように隙間からそっと前の様子をうかがうも、手はまばらである。おそらく、当初の予定通りの人しか挙げてないのだろう。

 さて、それから劇、肝試しと続いて多数決は終わった。この二つは全く手が挙がらなかったのだろう。すぐに手を下ろしてくださいという橋本の言葉がかかっている。

「はい、顔を上げてください」

みんなが一斉に顔を上げる。僕は黒板を見る前にまず時計に目をやる。授業終わりまで、三、二、一。キーンコーンカーンコーンとチャイムが教室に鳴り響く。

「あー、鳴っちゃったかー。それじゃあダンスと食品の上位二つで後日もう一度多数決を取るってことで今日はこれで終わります。ご協力ありがとうございました」

 そう言って橋本は頬を緩めながら席に戻っていく。そして、大沢もそれに続く。しかし、大沢は大して何もしてないな、なんて考えながらその足取りを目で追っていると、ふと、彼女と目があった。僕は彼女の綺麗で鋭い瞳に見つめられ、時間が止まったかのような感覚に見舞われた。その目はまるで僕を値踏みしているように見え、僕も負けじと目を背けずに見つめ返す。しかし、それも一瞬のことで、大沢はすぐに僕から視線を外すと自席に着いた。

 気のせいかも知れないけれど、僕はそれが宣戦布告だと思い心が熱くなるのを感じた。絶対にダンス部に勝つと、その意思を心の中で固め直した。

 それから、黒板に目をやると四つの演目それぞれに人数が書き込まれていた。ダンスが二十六人、食品が八人、劇が三人、肝試しが一人という結果だった。ふと、ここで一つ疑問を抱く。たしか、事前の会議では九人が食品に手を挙げる算段だったはずだけど、黒板の数字を見る限り八人である。さすがに今日攻略して、その中の誰かが裏切ったというのは考えにくい。もちろん可能性でいえばゼロではないけれど、どうなのだろうか。ただこれは今後にも響いてくるような気もするし、見過ごせる問題ではない。僕が熟考しているといつの間にかみんな立ち上がっていた。思考を中断させ、僕も慌てて立って、それからお辞儀する。まあ、考えて答えが出る問題でもないし、あとで四人で相談しようと思った。


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