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若葉同盟  作者: 緋色ざき
第一章
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パンと少女

 お昼休み。僕はゆっくりと購買に向かう。この学校では学食はなく、パン販売だけが行われているのだが、いつもその前にはたくさんの人が集い、パンの争奪戦が繰り広げられる。残念なことに、この学校の学生たちは並ぶという概念を知らないようで我先にとパンをつかみレジに出すのだ。そしてこの戦いに勝つのは決まってガタイのいい運動部で、料理研究会の僕なんかじゃ歯が立たないのである。

 しかし、今日は違った。四時間目の授業が十分早く終わったのだ。チャイムが鳴るまでは教室を出てはいけないと先生は言っていたけれど、僕はトイレが我慢できないという理由でお財布を片手に教室を抜け出し、一階の購買の近くにあるトイレに行ったのだ。

 しばらくするとチャイムが鳴り響く。この合図とともに、生徒たちのドタドタという地鳴りのような足音が廊下に響き渡る。僕はそれを鼻で笑い、お目当てのクリームパンとあんパン、チョココロネを手に取り購入した。やっぱりパンは甘い物に限るよね。それから購買の横にある自販機の前に立ったとき、ちょうど人の波が押し寄せてきた。やれ、ソーセージパンをくださいだの食パンをくださいだのと争奪戦が勃発する。おばちゃんはそんなパンに飢えた野獣たちの相手をものすごいスピードでこなしている。慣れって怖いなと思った。チャイムが鳴ってから二、三分が経つ頃にはすでにめぼしいパンは売り切れてしまいあとには余り物を泣く泣く買う生徒やとぼとぼと引き返す生徒が残った。僕はそんな彼らに心の中でご愁傷様と言って、それから自動販売機でお茶を購入した。よし、戻ろうと思ってそこでふと足を止める。僕の足下に女の子が悲しそうな顔でうずくまっていた。どうやら野獣たちとの争いに敗れたようである。よくよく見ると、その子はクラスメイトの百草さんだった。

 パンが買えなかったことにショックを受けているのだろうか。いつも明るい彼女が小動物のように目を潤ませて落ち込んでいる姿は見るに堪えなかった。

「あ、あのさあ。パン、いる?」

 気がつくと僕は話しかけていた。すると百草さんは顔を上げて、それから少し驚いたような表情になった。急に話しかけられて驚いたのだろう。

「えっ、相模くん。……いいの?」

「う、うん。多く買い過ぎちゃったし。好きなのを取っていいよ」

「そ、それなら遠慮なく」 

 そう言って百草さんはクリームパンを取った。自分で言っておいてなんだが全く躊躇しないんだなと思った。

「このクリームパンっていくらだった?」

「えっ、百円だけど……」

「オッケー、ちょっと待ってね」

 そう言って百草さんはポケットに手を突っ込んだ。が、その中からお財布は出てこない。

「あれー、おかしいなあ」

 百草さんは首を傾げ、胸ポケットなども確認していたが、やはりお財布は出てこない。

「あー、えーっとごめんね、相模くん。お財布、家に忘れてきたみたいで。その、お金は今度返すでいいかな?」

「いや、別にお金はいいよ」

 自分から切り出した話で、もともとお金をもらうつもりもない。

「いや、それじゃあ私の気が済まないっていうか……。と、とにかく絶対返すから。って、お財布家に忘れてきたやつの言葉じゃ信じられないかもしれないけど。ごめんね……」

 再び萎んでしまう百草さん。ポジティブだと思っていたけど、案外沈みやすい子なのかもしれない。

「別に気にしてないから大丈夫だよ。それよりパンは温かいうちに食べた方がいいんじゃない」

 だから僕はできるだけ明るい口調で百草さんに話しかける。百草さんはそれを聞いてハッと手元のパンを見た。

「そ、そうだね。冷めちゃうと味が落ちるし。えっと、ありがとね、相模くん」

 そう言って百草さんはこちらに手を振りながらバタバタと走っていった。僕は少しいい気分になって、大きな伸びをした。

「あれ、そういえば何か忘れているような」

 ふとそんな気がしてその正体を考えようとすると突然後ろから肩をガッとつかまれる。驚いて振り返ると息を切らした稲城が立っていた。

「その何かを教えてやるよ、相模。調理室でお姫様がブチギレてるぞ」

 あっ、忘れてた……。僕は一目散に廊下を駆け出した。


「それで、どうして遅れたのかしら?」

 鼓動の高まりと息苦しさを感じながら僕は若葉に怒られていた。

「ハーハーハーハー」

 酸素が足りず、上手く言葉を紡ぐことができない。

「なに?」

「パ、パン」

「パンがどうしたのかしら」

「パンを買っていたんだよ」

 すると、僕以上に疲労困憊な様子で椅子に手をつき項垂れていた稲城が僕の膝をガシッとつかみ顔を上げる。

「ハアハア……。お前、パンなら、ハア、もっと早く買えるだろ。ずるまでしたんだし」

 息も絶え絶えに僕を睨む稲城。その言葉にギクッとする。まさか気づかれていたとは。

「いや、みんなそのくらい気づくだろ。なあ、永山」

 永山もその言葉にうんうんと頷く。つまり、ここにいる三人は僕のトイレ作戦を気づいていたということか。一瞬にして逃げ場を失う。

「えーっと、ごめんなさい」

「口ではなんとでも言えるわ。悪いと思う気持ちがあるのなら態度で示しなさい」

 若葉はピシャリとそう言い放つとホワイトボードの前に立った。

「それで、進捗状況はどう?」

 僕らは一人ずつ状況説明を行った。それによると、僕らは一人ずつ攻略を済ませていて、若葉は二人済んでいるということだった。もしかしたら若葉のことだから事前に済ませていたのかもしれない。

「六限の時間までに二人は厳しそうね。まあこれは想定内だけど……。じゃあ、貴方たち、任せたわよ」

 僕たちは勢いよく頷いた。ここからが本当の勝負であると、そう自分に言い聞かせる。ふと、外から歓声が聞こえて、そちらの方に目を向けるとサッカー部が昼練を行っていた。どうやら誰かがシュートを決めたらしい。桜や柴崎もあそこで練習しているのだろうか。そういえば、ダンス部も昼練を行っていたはずだ。彼らが部活に時間を割いている間、僕らは文化祭の準備に時間を割り当てている。それを自信にしていこうと思った。


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