作戦会議
そして再び帰り道、といわけではなく、僕たちは学校近くの喫茶店で明日の作戦会議を行っていた。
「それでどうする?」
永山がスプーンでコーヒーをかき混ぜながらそう切り出した。僕はしかし、そのコーヒーに入っている砂糖に目を奪われていた。コップの中をスプーンでかき混ぜるたびにジョリジョリと不気味な音が出ていた。
「お前、砂糖入れすぎだろ……」
稲城があきれ顔で言った。ただ、永山の甘党は今に始まったことではないため馬の耳に念仏だろう。
「やっぱコーヒーは甘いに限るよねー」
お前将来絶対糖尿病になるぞ、と僕は心の中で毒づいた。
「話がそれたな。それで明日ねえ。妨害って言ってもなあ……。私、実は着痩せするタイプなんですって言って教室で上裸になるくらいしか思いつかねえなあ」
「いや、わけ分からないから」
しかし、その考えは割と良いかもしれない。稲城という犠牲は出てしまうが、確実に進行を止めることができる。そして、翌日から稲城は学校に来なくなる。うむ……。
「その作戦ありだね。任せたよ、稲城」
「はっ、何言ってるんだ、相模。お前がやるんだよ」
わけが分からないと言いたげな顔の稲城。ぼくもわけが分からない。
「まあまあ落ち着いてよ、二人とも。それならじゃんけんでもして決めれば良いよ」
「「じゃあお前がやれ」」
綺麗にはもった。形勢が変わり、今度は僕らが永山を攻め立てるかたちになった。そして、不毛な言い争いが始まる。
「って、ちょっと待ったー。こんなことやってる暇はないだろ」
僕はその争いをわずか数秒で終わらせる。二人も反省したような顔つきになる。
「さてと、冗談はほどほどにして話を戻そう。とりあえず意見を出し合うところから始めよう」
そう切り出したもののとくにアイディアが浮かばない。僕は顎に手を当てて首を傾げる。
「あのさあ、そもそも邪魔をすることで目をつけられたら後々不利になったりしないのかな?」
永山がそう尋ねる。なるほど、誰にでも分かるような明らかな進行の阻害はむしろ僕らを際立たせるということか。それにそんなことをしたところであまり良い印象もつかないだろう。その行為が逆に僕らの首を絞める可能性だってある。つまり、僕らは穏便な時間稼ぎが必要ということか。
「ということは、若葉が言っていた意見をたくさん出すっていう作戦が一番効果的なんじゃないかな?」
「そうだな。少なからず文化祭実行委員の奴らに目をつけられるが、その中では一番ましな方法だ」
「じゃあ、具体的な演目の案を考えようか」
永山の言葉で僕らのシンキングタイムが始まる。
「劇、ダンス、食品、お化け屋敷……。あとなんだろう?」
「メイド喫茶、コスプレ喫茶、女装喫茶、アニマル喫茶……。茶店だけでもたくさんあるな」
「ああ、じゃあ稲城、任せたよ」
「はっ、何言ってんだよ。これを俺が言ったら変態だと思われるだろ。これはスク水好きのお前にぴったりの仕事じゃないか」
「スク水は関係ないだろ。それに、いまさらだよ、稲城。お前は立派な変態だ」
先ほどの話を蒸し返し反論する稲城に僕は諭すように言うと、稲城は頭を抱える。
「変態に変態って言われた」
「いや、ちょっとまてー」
僕は断じて変態じゃない。変態なのは稲城であって、完全変態である。いや、それ蝶じゃん。自分で自分に突っ込んだ。
「二人とも、そんなことをしてたら話が終わらないよ……」
永山の正論で僕らは冷静さを取り戻す。ただ、目の前でコップをジョリジョリかき回しているやつに言われるのは屈辱である。稲城もその様子に頭を抱えている。端から見れば、非常に残念な三人組に違いない。
「じゃあ、今日の宿題としておのおの文化祭の演目を考えてくることにしとくか。ストックはいくらでもあったほうがいいしな」
我に戻った稲城がまとめるようにいう。僕らもそれに頷いた。
「さて、さしあたって次の問題は攻略だな」
稲城はそう言って若葉からもらったプリントを机の上に置いた。僕と永山もそれに倣う。
「俺たちは明日のホームルームまでに最低一人は攻略しなきゃいけないわけだ」
「そうだね。いかに攻略対象の人たちを食品側に引き込むかが鍵になってくるね」
永山の言葉を聞いて僕は改めてプリントの上部を見た。高尾太郎と言う名前が明朝体で印字されている。僕はその生徒についてあまり詳しくはない。というのも、高尾太郎は三年生になって初めて同じクラスになった生徒であるからだ。特段目立つ存在でもないというのも理由の一端だろう。当然、三年間クラスが一緒だった稲城と永山も彼のことは知らないだろう。
「なあ、誰か情報通のやつってうちのクラスにいるか?」
「情報通?そうだなあ、うちのクラスの飛田とかそうじゃないか。あいつ、新聞部だし」
「あー、飛田くんって何でも知ってるイメージがあるよね。僕の攻略リストの一番上に載ってるよ」
それを聞いて稲城は納得したように頷く。
「なるほどな。手始めに情報源の確保ってところか。あいつは面白いことが好きそうだしこの作戦にもすぐに乗っかるんじゃないか?」
「いや、明日攻略できても僕が欲しい高尾くんの情報は間に合わないぞ」
「高尾くん?それなら僕が教えようか?とは言っても体育の授業で少し話したくらいなんだけどね」
救世主永山が現れた。それにしてもことが上手く進みすぎているような気がする。若葉はこのあたりのことも見越してこの順番にしたのだろうか。
「高尾くんはね――」
永山が話し始めたところで僕は思考をそちらに集中させた。それ以上考えても答えは出ないと思ったからだ。そこからまたしばらく僕らの作戦会議は続いた。