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若葉同盟  作者: 緋色ざき
第一章
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ダンス反対派の集い

 若葉あおいは聡明な少女だ。成績は上位、クラス委員長を務め教師たちからの信頼も厚い。また話し上手で謙虚でもあり、いつも笑顔を絶やさないことから人に好かれやすく友好関係がかなり広い。しいて欠点をあげるとすれば家が貧乏なところであるが、制服を綺麗に着こなしていて、そんな印象を受けることはない。

 天は二物を与えずとはよく言ったものだ。僕は若葉のことをすごいやつだと思っていたし、自分とは別次元の生き物のようにも感じていた。だからこそ、いま、僕の目の前にジャージ姿で座りこちらを睨む若葉には少なからず動揺していた。

「ねえ、さっきのことは……」

 若葉がおもむろに口を開いた。そこにはいつもの笑顔を振り向く姿はない。冷たい瞳が僕らを捉えていた。永山が僕の隣でヒッと小さく叫びが声を上げる。永山は身体の大きさの割に気の小さいところがある。

「さっきのことは忘れなさい」

 冷たく鋭い声が飛ぶ。彼女の態度はまるで高圧的な我儘お嬢様のようである。

「断る」

 だが、稲城はそれを即座に切り裂いた。相変わらず物怖じしないやつである。僕なんかびびって返事をしそうになっていた。

「そう。まあ、あなたたちもターゲットの中にはいたわけだし――そうね。少し、お話をしましょう」

 その言葉は字面だけ見れば優しい勧誘であったが、若葉の口調や雰囲気のせいで命令のように感じられた。

「奇遇だな。俺たちもちょうどお前と話をしたいと思っていたところだったんだ」

 稲城はそういって僕と永山に目配せをする。僕らは慌てた風に実はそうなんだよ、と賛同した。本当はこの流れは示し合わせていたのもので、奇遇でも何でもないのだが。

「そう、なら話はこちらからさせてもらうわ。そのあとであなたたちの話を聞くわね」

「いや、その必要は無いと思うぞ」

 稲城はそう言ってにっと笑う。その言葉に若葉はいぶかしげな視線を向けた。

「それは、どういうことかしら?」

「そのままの意味だよ」

 若葉はそこまで聞いて、稲城の言わんとしていることに気づいたのだろう。少し顔のこわばりのようなものが解けたような気がした。

「つまり、あなたたちも私と同じ側――ダンス反対派ということね」

 僕たちはそれに力強くうなずく。

「それならそうと最初から言ってくれれば良かったのに」

「いや、そんな時間なかったよね」

 僕が思いっきり突っ込む。

「まあいいわ。今日はもう遅いし続きは明日にしましょう。どこか話すのにうってつけの場所はあるかしら?」

「スルーされた」

「そうだな……。俺たちの入っている料理研究会の部室はどうだ?」

「稲城にもスルーされた。永山ーーーー」

 僕は永山に懇願するような瞳を向ける。

「たしかに、あそこの教室は話すのに適しているね」

 味方が誰もいなかった。史記に出てくる項羽もこんな感じだったのだろうか。四面楚歌――おそろしい歌である。

「それにしても意外ね。永山くんはべつとしてもあなたたちって料理なんかしそうにないのに」

 若葉は少し驚いていた。たしかに僕らが料理研究会に所属しているというのは控えめにいっておかしいだろう。永山以外はどう考えても料理男子には見えない。実を言うと、僕と稲城は永山が作った料理を食べることが専門の味見係である。ちなみに、永山はレストランのオーナーの一人息子で作る料理はとてもおいしい。

「まあな、料理は大好きだ」

 が、稲城が真顔で嘘をはいた。永山が作った料理を食べるのが大好きだ、の間違いだろと僕は心の中で突っ込む。若葉はあまり釈然としていない様子だったが、そこには追及しなかった。

「それで、その部室というのはどこにあるの?」

「四階の料理準備室だ」

 しかし、僕はふと気づく。あそこの教室は料理部と共用ということになっている。とはいっても、僕たちが私物化していて料理部の人たちは一切準備室に踏み込むことはないが、別にあの部屋は防音ではないため、料理室に人がいれば話は筒抜けになる恐れもある。

「なあ、稲城。あそこは料理部も使うから話が筒抜けになるかもしれないぞ」

「うん?ああ、まあそうだな。ただ、明日なら料理部も休みだから問題ないだろ。それでまあどうしても重なる機会があればまた場所を変えれば良いしな」

 稲城がなんてことのないように返す。どうやらとっくにそのことは気づいていたようだ。相変わらず頭の回転が速いやつだ。

「そう。じゃあ調理準備室をとりあえずの集合場所にするとして、時間は放課後で良いかしら?」

 僕ら三人は頷く。それを確認して、若葉が少し顔を崩した。

「それじゃあ、解散しましょう」

 その言葉で、僕らの会議はお開きとなった。

 時計に目を向けると四時五十分、最終下校時刻の十分前。僕らは急いで学校を出た。雨はいつの間にか止んでいて、校庭にはいくつか大きな水たまりができている。夕日がその水面に反射し、鮮やかなコントラストを醸し出していた。

 校門を抜けると、三人の女子生徒の姿が視界に入った。制服のスカートは短く、耳にはアクセサリーをつけたしゃれた三人組。僕は彼女らを知っている。同じクラスの女子。ダンス部の女子。そして、僕らがいずれ対峙することになるだろう女子。隣を歩く稲城や永山、若葉も険しい表情になっていた。三人はこちらを振り返ることなく、仲良く喋りながら右の道へ歩いて行った。僕らはその後ろ姿を無言で眺めていたが、しばらくして若葉が歩き出し、僕らもそれに続いた。夕焼けが赤く照らす道を僕らは黙って淡々と歩いて行く。僕らを嘲笑うかのような烏の声が雨上がりの空にこだましていた。

「あっ、僕こっちだから」

 十字路のところで永山が右を指さして言った。

「俺と相模は左だ。若葉は?」

「私はこのまままっすぐよ。じゃあ、また明日」

 それだけ言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。その不機嫌そうな後ろ姿を見送って、僕らも別れた。

 しばらく歩いたところで、稲城が盛大にため息をつく。

「あー、ひでー空気だった」

「そうだな。みんな黙り込んじゃって気まずかった……」 

 僕も苦笑いしながら稲城に同意する。

「ほんと、居心地が悪いったらありゃしなかったぜ」

「うん。それにしても、今日の若葉はいつもと全然違ったなあ。口は悪いし。雰囲気も怖いし。あと、余裕みたいな物が全く感じられなかった」

「まあ、あいつはかなり焦ってたみたいだしな。雨の中屋上に出て、あまつさえ叫ぶなんて正気の沙汰とは思えないぜ。ほんと、あいつらしくないよな」

 まさにその通りだ。今日の若葉の行動は普段の彼女らしからぬものであった。ただ、僕はそんな彼女の姿に少し親近感を持った。

「若葉があそこまで取り乱すってことは、何かダンスを反対する強い理由があるってことだよね。立場的にはむしろ率先してダンス部たちとクラスを引っ張っていくタイプに見えるからすごい驚いたよ」

「ま、人にはそれぞれ事情があるってことだな」

 稲城は空を軽く仰いで言った。それは果たして若葉に言っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか、僕には見当がつかなかった。ただ、一つだけたしかなことがある。

「まあなんにせよ、強力な仲間を一人確保ってところだね」

 物語では往々にして、序盤の仲間が裏切りを起こすけどね。

「野球で言えばFAで大物選手を獲得ってところだな」

 僕は稲城の言葉に首を傾げる。そのたとえは野球に詳しくない僕には全くピンとこない。稲城は僕の反応に、ああ、お前野球詳しくないもんな、と言ってうなだれた。

「まあ、それはおいといて、明日は何を話すのかな」

「お前、話の変え方が露骨すぎないか……。まあいいけどさ。それで、明日の話か。まあ、明日のお楽しみってことで良いんじゃないか」

「むっ、なんか分かっているような口調だな」

「なんとなくはな。ま、自分で考えた方が勉強になるだろ」

 いや、なんのだよ、と言いかけてやめる。このまま話していても稲城のペースでどうにもならないだろう。それからしばらく、他愛もないことを話し、稲城と別れる。僕は一人帰路につきながら、今日の出来事を反芻していた。

 今日の放課後はいろいろとあった。物語の序章が始まるかのように、事件が起こった。さて、そもそもの原因はなんであったのかと考えれば、まず間違いなくお昼の一件が思い浮かぶ。

 お昼休み――僕たちの優雅なひとときはクラスの文化祭実行委員会の二人によって壊された。ダンス部の大沢奏多と橋本京である。

「明後日のホームルームで文化祭の出し物決めをするので、アイディアを考えてきてください」

 橋本が黒板の前に立ち、生徒たちに呼びかける。その言葉に一人の生徒が反応した。

「もう決めるとか、うちのクラスやる気ありすぎっしょ。まあ、奏多と京がいるならダンスになりそうだわー」

 クラスのムードメーカー、桜総司である。僕は三年生で初めて同じクラスになったが、騒がしいことで有名だったため、その名前は知っていた。声がクラスにこだまし、視線が桜に集まる。

「そうだな。うちのクラスはダンス部の奏多や京がいるし、良さそうだよな」

 桜井の隣に座るサッカー部主将の爽やか男子、柴崎海もそれにうなずく。とても自然な流れの中での会話。しかし、僕にはこれが台本通りに示し合わせたものように思えた。つまり、ダンス部が桜や柴崎に言葉を挟んでもらい、クラスを牽制して文化祭の演目をダンスにするという算段である。例えば、これを言うのが僕だったら、特に何も起こらないだろう。いや、むしろマイナスなイメージがついてしまうかもしれない。しかし、クラスで一定の地位を持つ人間の発言には言霊のような影響力がある。現にクラスの雰囲気がダンスに傾き始めているように感じた。大沢と橋本はその言葉に笑顔で返し、それから考えてきてくださいと言って席に戻った。

 僕は抜かったなと思った。まんまとダンス部に先制攻撃を食らってしまった。これで、ダンス部をやりたくないと内心思っている人たちも萎縮してしまうだろう。本当であれば、それに先駆けて僕らからなにかアクションを起こすべきであった。まあ、それもいまとなっては後の祭りだ。このままでは勢いに押し切られ、文化祭の出し物がダンスになってしまう。そんな危惧を感じた僕は稲城と永山のほうに目を向けた。二人とも考えは同じようで僕を見ていた。

「放課後、屋上で少し話でもしないか?」

二人はそれに強く頷く。それから、いつものようにダンスとは無関係の他愛のない話を始めた。そんなこんなで放課後になり、屋上に足を運び、そして冒頭の出来事が起こるという流れである。

 ちなみに余談ではあるが、屋上での一件のあと、若葉は保健室でジャージを借りて着替えたが、僕たちの分はなく、しぶしぶ制服をドライヤーで乾かした。しかし、湿度が高かったこともあってなかなか乾かず、実はいまも少し湿っていて気持ち悪い肌触りが服から感じられる。

「体が湿って、心も湿ってるなあ」

 僕は自分の服を触って呟いた。夕日は沈み、夜の暗闇が僕に迫ってくるような感じがした。僕は少し歩を早めた。


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