混台に裏切られ熊曽は逆襲、激戦を繰り広げる
「何をしとる、恐れるな。農民を戻せ、槍隊へ突っ込ませろ。」
ひと月間の訓練を受けたとはいえ、農民たちは倭都槍隊の揃った白い武装、勇ましい掛け声、目の前に展開する隊列が、大きく眩しい獅子神に見え、戦意喪失したのも無理はない。
天皇が率いる正規の軍隊と、山賊の軍隊では格の違いは歴然。
己実津へ入った時も、白い旗をなびかせた倭都軍の巨大な白い軍船団が近づいただけで、己実軍は迎撃をやめて歓迎に転じたほどだ。
十一
カカミ国主は思惑どおりにならない焦りで、混台軍が加わって動く第三作戦を敢行した。
柵の内と神殿、王宮の階上から、五百本近い矢と無数の石が槍隊と主陣に放たれた。槍隊は五人ずつ組んで盾で凌ぐだけで進めない。主陣も後退を余儀なくされている。
また倭都の陣へ逃げ込む農民に矢が刺さり、石が当たる。多くの救護兵が走って、傷ついた農民を運ぶ様子が、カカミ国主に快く映った。
「その調子だ。見ろ、上からの攻撃は有利だ。矢と石を続いて見舞え、隊列が乱れたら間髪入れずに精鋭隊が切り込んで、一気に潰してしまえ。」
再び正面の倭都陣から五百本の矢が雨空に高く放たれ、柵内と神殿の階上、王宮に突き刺さる。王宮で指揮していたカカミ国主に、伝助の報告が舞い込んだ。
「神殿の精鋭兵は突撃前に百人足らずになり、主陣に切り込むには手が足りませんと、加勢を求めています。」
「ウーム遅い。混台の友軍は、まだ来ぬか。トゥ・スリは、どこまで来ているか確認に行ったか。」
「いえ、トゥ・スリ副帥は敵の矢で死にました。残念です。」
「そうか。今から棍棒使いのシア・タマスが副帥だ。友軍は近くまで来ておるはず、迎えて神殿に入り、態勢を組み立てるように伝えろ。王宮と神殿を合わせて、戦える数はどれほどか。」
伝助は眉間にシワを寄せ、苦しそうな声で答えた。
「全部合わせても三百五十人ほどです。若い予備兵四百五十人は、裏の洞窟に隠れておりますが。」
そこへ左肩と腰に矢が刺さった別の伝助が、血にまみれて王宮に走り込み、息絶え絶えの声で叫んだ。
「大変です国主様、混台は裏切って倭都軍に付き、西の方から王宮の攻撃に入っております。」
カカミ国主は脇の卓を右足で強く蹴り上げ、酒と肴が飛び散った。目をむき、天を仰いで大きく息を吐く。少し腕を組んで目を閉じていたが、振り返って周囲の護衛兵に指示を出した。
「次の攻撃に備えねばならん。精鋭兵全部と、予備の二百を残して王宮に集めろ。残りは洞窟に隠しておけ。作戦を立て直すぞ、急げ。」
十二
倭都の本陣。槍隊の副隊長エノカは、駆け込んだ武装農民の中で、懐剣を隠し持っていた七人を縛り上げて兵舎に入れた。降参と見せて油断した兵を刺せば、土地が貰えると信じていた者だ。
矢の応酬が始まって三時半が過ぎた。狩り出された農民の多くは帰還でき、火良の当代シウリも無事だった。
矢や石を受けて死んだ者は残念だが、傷ついた者は救護隊が手当てして家族の元に返し、従軍を希望する者を荷役部隊に取り上げた。
日は天頂を少し超えた時分だろう、早朝からの小雨は気付かない間に止んでいて、西の空は雲が切れて青空が覗いている。
熊曽偵察の嗅助からの情報では、生き残り兵は精鋭軍三百五十人になって、王宮に集結しているそうだ。武具、武力に優る熊曽の力を侮ってはいけない。王は指揮官のアムアとカマチを呼び、伝令を走らせた。
「朝の暗いうちから仕掛けて来るはずが、何らかの理由で遅れたのは幸いだった。敵の疲弊を回復させず、日が沈むまでに決着を付ける。倭台と兎農に、昼飯を済ませたら左右から攻め込み、王宮の兵を潰して、カカミを捕獲するのだと伝えよ。」
王は、我が軍の犠牲が少ないうちに敵に痛手を負わせたのは、倭台が味方に付いたことと、先手を打てた幸運と思っている。
「農民は保護できたし、敵の精鋭部隊は弱体化して王宮に集まっている。これより倭台軍は茶蓮山の西から、兎農軍は東の森から王宮に攻め込む。我々の軍は北の神殿から攻め上がる。奴らは山賊だ、どんな手を使ってくるか予測できないが、必死で向かって来るのは確かだ。決して油断はしないように、いざ出発。」
西から攻め込む倭台軍。茶蓮山の西側上り口に、かつての友軍を迎え入れる整備された石段がある。五人が並んで上がれるほど幅が広く、山麓から一丁ほど高い宮殿へ続く。
石段は半丁上がると左に折れ、さらに半丁で王宮の裏門に突き当たる。曲がり角の奥には、階段や王宮に用いた白い屑石が、今もうず高く積み上がっている。
左側は雑木の繁みが続き、右側は身の丈ほどのゴツゴツした大岩が墓のように散らばり、岩の周りには背の低い草が風に揺らいでいる。
将軍のトウ・リンは建造中から何度も訪問し、最近は六十日前に来ている。地理は確かだ。