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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第一章
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連行された民の守護を前提に、熊曽との戦いに突入

 別の女人が、男衆を連れて行った熊曽への怒りを露わにし、半分泣きそうな声で話す。


「褒美は出まかせに決まっているが、うちの亭主も覚悟を決めて、泣く泣く行ってしまった。もう心配で、心配で。」


 農民たちが熊曽を怖がり、憎み、連行された男衆を案じている。

 エノカは、倭都軍は味方だと言っても容易に信用されないと思い、熊曽が農民たちや商工人の宿敵で、倒さねばならない相手だと諭した。


「我々は、その荒ぶる熊曽を放って置けず、東の畿から討伐に来た倭都軍だ。其方たちの農地を踏みにじったり、家を焼き払ったり、若い女人や童子を連れ去ったり、そんな無慈悲なことは決してしない。ご安心なされ。」


 槍隊の副隊長エノカが優しい口調で諭す。狩り出された村の衆が熊曽の兵とは思っておらず、何とかして助けたいと告げると、せめて雨や風をしのげるようにと、残った者や女人たちが、こぞって材木や藁を集めて兵舎造営を始めた。


「お願いします。どうか連れて行かれた者を助け出してください。この通り。」


 倭都軍は火良ひよし集落の南外れに位置する難和川と、椀を伏せたような房主ぼうず山の間を、正面の拠点に決めた。熊曽の王宮が望める場所だ。


 二日後、倭台軍は有明うめい方面から小高い連山の裾野を東へ進み、茶蓮山の西六丁にある馬込まこめ集落に着いた。同じ日に、兎農軍が難和川を上がって東半里の笠台ささだいに到着し、陣形が整った。


 朝から空は灰色の厚い雲に覆われ、雨が降り注いでいる。もう夏が近いというのに、風が冷ややかで、肌寒い。雲に隠された朝日は昇ったばかりで、まだ暗い。兵たちが肩をすぼめ、しきりに腕や手を擦っている。


「日が昇って明るくなるまでには、矢が届く五丁まで詰めないと。先に熊曽が仕掛けて来たら厄介なことになる。」


 この戦いは熊曽の国主討伐だが、狩り出された農民たちの命を護りながらの、難しい戦いになる。

 楼閣の宴席で行った作戦通り、敵に悟られないよう距離を詰めて行く。熊曽の陣は静かで、まだ動きは見えないが、油断できない。


 西、正面、東の隊がそれぞれ五丁まで詰めた時、正面の陣が白い昇り旗を高く掲げ、攻撃の開始を宣言した。


「今より熊曽討伐を開始する、いざ。」


 王の宣言に呼応して、西と東から白い旗が上がった。


「良く聞け、前線の槍兵は農民だ。向かって来れば交わし、下がる者や逃げる者は追わずとも良い。敵は神殿前の柵内に張り付く監視兵と、王宮の弓隊と知れ。第一槍隊、いざ前へ。」


 第一槍隊が、濡れた平地を足並み揃え、横二十人、縦二十五人の四角い隊列を組んで進軍する。同時に西と東から矢の群れが、空の雨を縫って高く放たれた。


 それぞれ五百本の矢が向かうのは、熊曽神殿前の防護柵。柵の前で千の武装農民が槍を構えているが、柵の内側に二百人の熊曽兵が農民を見張り、げきを飛ばす。


 唸り音を立てた矢の群れが、左右から神殿の防護柵へ吸い込まれるように飛び込んだ。柵内がにわかに騒がしくなり、悲鳴や叫び声が響き渡る。

 続いて正面の陣から、五百本の矢の群れが雨空高く放たれ、神殿の階上と王宮に突き刺さる。その矢を追うように、再び西と東から矢が三百本、柵内や神殿に飛び込んだ。


「槍隊、掛かれー。」


 隊列を組んで進軍していた第一槍隊が、掛け声勇ましく横五十人、縦十人の隊列で一気に神殿前の柵を目指した。

 地響きがとどろく。武装農民には、それが白く巨大な獅子神ししがみに見えたのか、怖れて槍や剣を投げ出し、左右に散った。


 腰を抜かして、その場で命乞いをする者も多数いて、まるで戦闘にならない。槍隊の隊長コレイが、目の前で慌てふためく農民に向かって叫んだ。


「落ち着いて聞け、お前たち農民を敵とは思っていない。降参する者は槍や剣を捨てて両手を頭に置いて、こちらの隊に走り込め。決して危害は加えない。」


 熊曽の王宮はどうか。戦況を眺めていたカカミ国主は、顔を曇らせた。

 いつの間にか倭都軍が距離を五丁にまで詰めて、矢の攻撃で先制打撃を食らった。これにより神殿の柵内に陣取った兵に、只ならない被害を被ったようだ。


「おいが号令をかける前に小癪な真似をしやがって。陣の位置はおいらの方が高くて有利だ、トゥ・スリ、敵の槍隊に農民を突っ込ませろ。隊列が乱れたところへ、神殿と王宮から五百本の矢と石を見舞って蹴散らし、柵の先頭隊に主陣突撃をさせよ。急げ。」


 熊曽軍は第一作戦として、前線の武装農民が乱れさせ、間髪入れずに矢と投石で体勢を崩す。第二作戦は柵内の精鋭隊が突撃して、倭都の主陣を後退させることだった。


 カカミ国主が、この戦さを甘く見ていたため、得意の陽動作戦を行う前に、倭都軍が先に動いた。だが槍隊は五百人と、思ったより少ない。

 農民と矢と石で半分くらいは片付くと思っていたが、農民はまったく戦わず、散り散りに逃げたのだ。これは痛い。

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