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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第一章
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混台が倭台に名を変え、同盟を結んで熊曽へ発つ 二

 先に試射した黒髭の大男が肩をすぼめて問う。これからは熊曽を攻める同盟だ、彼の立場や自尊心を損ねてはならない。そこでソラフは気付いた。

 王は倭都と倭台の、矢の質の違いを見せるために試射を持ちかけたのだ。教えていいのか王に目配せすると、涼しい目を返して来た。


「分かりました。某の細腕よりも、トウ・リン師がずっと優れておりました。しかし矢は。」


 ソラフは立ち上がって両軍の矢を左右の手に五本ずつ、矢尻に近いところを掴み、その腕を前に突き出して立てた。倭都の矢は束ねたように揃っているが、倭台の矢の一本は、少し矢頭が離れている。


「矢は、竹がほんの少しでも曲がっていると、その方向に飛びます。真っ直ぐなら、某の細腕でも的に当たりました。」


 帝は随臣に、入口近くに五十本ずつ束ねてある矢を調べるよう指示した。結果、一束に五本ほど曲がった矢が混ざっていることが判明。倭都の矢は真っ直ぐだった。


「これは大切なことを教えていただいた。これまで我が軍の矢も真っ直ぐと思っていたが、こんなに多く曲がっていたとは……。急いで矢を治します。」


 倭都国の命運を賭した会合と宴席が終わった。

 さっそく工房で弓矢の改善が始まり、武装も熊曽軍が黒であるのに対し、倭台軍の陣羽織と陣笠も倭都軍と同じ白に統一して、兵、荷役、工夫の人数分を揃えていく。


 赤い三層の巨大な楼閣と市を取り巻いた倭都軍は、待機した五日の間、昼は白い昇り旗を掲げ、夜は松明を焚いて楼閣と対峙し、睨み合っている様子を装う。

 水や食料は、夜中に商家、民家から密かに届けられていた。


 七日が過ぎて軍備の改良を済ませた倭都・混台連合軍は、陸路で茶蓮ちゃれ山の北と西から、兎農軍は海路を引き返して東から攻める態勢が整った。


 陸路は山が多く、騎馬と徒歩で困難な道もあるため、予め多くの伝助を経路にあたる地へ放って開拓・整備を進めている。大軍のため十日の進軍に間に合うよう、宿舎や食料調達の手配も怠りがない。


 倭台軍が加わり、総勢千五百人に膨らんだ倭都の連合軍が目指す、カカミ国主が治めている熊曽の砦。

 なだらかな山峰を両脇に従え、茶褐色の岩をむき出した茶蓮山の麓に、熊曽の白い王宮と黒い神殿があり、北に広がる平野を見下ろしている。


 眼下の平野には椀を伏せたような丸い山々があり、その間を蛇行する難和なわ川が貫いている。その川を挟んで多くの集落が点在し、肥沃な田畑と豊かな収穫が見てとれる。


「倭都のマキム王が、千の大軍で倭都から遠征して来おったわい。倭都軍は己実や兎農を制圧した勢いで、おいらと同盟の混台を先に攻めておるようだ。伝助の情報では、どうやら攻めあぐねておるらしいわ。」


 王宮の奥の間で熊曽のカカミ国主、副帥のトゥ・スリは酒を交わしながら、ほくそ笑む。混台は兵数四百人と少ないが、辰韓の進んだ武備で戦闘能力は高い。

 さらに煉瓦造りの楼閣は、倭都の拙い戦法や技量では破れまいと、国主は笑って言い放つ。


「そろそろ混台攻めを諦めて、こちらに向かうぞ。だが黙って待っていると思うな、奴らの兆候を知って、農民や職人を千人集めて訓練しておるで、下の神殿にさえ近づけまい。もたつく間に、倭都が攻め損じた混台の友軍が、背後から襲って挟み撃ちだわ。おいは何もせずに、この勝負は決まる。」


 国主が笑いながら豪語すると、副帥のトゥ・スリは大杯を一気に飲み干し、吠えるように叫んだ。周囲を囲む兵たちが一斉に鬨を挙げる。場はもう勝ち誇った雰囲気に包まれている。


「この熊曽を討伐するとは百年早いぞ、マキム王。なあ皆の者、酒を食らいながら倭都の戦いぶりと、哀れな敗走姿を見せて貰おうぜ。」

 

 西の海側を南下する倭台軍と交信を重ねながら、北から進む倭都軍は小高い連山を超えて、出発十日後に茶蓮山の北方、およそ一里に位置する火良ひよし集落に到着した。

 

 火良は豪農のシウリが統治する大きな集落だが、何故か女人と年寄りばかりが目立つ。


 コレイ隊長が数人で野良仕事中の女人に訳を聞くと、病人を除いた男衆のほとんどは、熊曽に召集されたと言う。当代のシウリも連行されたらしく、姿がない。


 熊曽はひと月ほど前に、倭都軍の侵攻を阻止する協力隊として、男衆を招集したと言う。


「この豊かな地を攻め取ろうと、東の畿から倭都が大軍で攻めて来る。奴らは農地を踏みにじり、家を焼き払い、若い女や童子を強引に連れ去るだろう。おいは権力を振りかざす倭都の悪神を許さず、迎撃して汝らの家族と田畑を護る。おいが勝つためには、男衆の協力が必要だ。元気なものは神殿の前に集まれ。」


「そう言ったか。それで村の男衆が熊曽の協力に走って、ここに誰もいないのか。」


 高齢の女人が、大隊で侵攻して来た倭都軍に怯えつつ、助けを乞う口ぶりで現状を話した。


「いいや、協力ではない。熊曽は荒ぶる穴蜘蛛と、皆が裏で呼んでいる山賊だ。命令に背いたり反抗したりすれば、その場で斬り殺された。だが一緒に戦ったら褒美があると言い、倭都の兵をひとり殺す毎に一反の土地をくれ、いつでも酒を好きなだけ飲ませるとも言った。」

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