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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第一章
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混台が倭台に名を変え、同盟を結んで熊曽へ発つ 一

「いや恐れ入った。三十七歳とは思えぬ大王の利発と天眼力。対話の力は、さても大きなものだと感じ入った。その大王が南の熊曽を討伐すると聞いている。手前どもの大事な交易相手のひとつであるが、熊曽は如何する所存か。」


「熊曽は周隣の民を、武力で苦しめている無慈悲で野蛮な山族だ。多くの民は、奴らを穴蜘蛛と呼んでおびえている。強大な力を蓄えた奴らは倭都政権に対しても、叛乱はんらんの兆しを示しているため、潰すため来た。」


 豊富な情報を分析し、相手に応じて戦術を使い分けながら勢力を広げる倭都政権。温和と冷酷の二面を宿す倭都王の真骨頂を見た帝は、黙って顔を上げた。


「確かに穴蜘蛛の異名は聞いておったし、山賊と言われればそうだ。だが熊曽は知っての通り並外れた武力を誇っている。攻めることで周隣の民の犠牲と、田畑の損害は避けられないが、それはどう護るのか。」


「そのとおり。奴らは周隣の幾多の民を盾にするため、狩り集めていると聞く。さあて、どう護るか。」


 王の口元に笑みを見た帝は、民に危害を加えない戦法まで、すでに考えている鋭い男と見抜いた。

 大王は若いので倭都政権は長く続き、さらに勢力を広げるだろう。対立するより、協力関係こそ得策だと思った。


 会合が終盤になって突然、帝は太く大きい声で、全席を見回しながら宣告した。


「今より、混台の地名を改称する。新たな地名は倭都の地名を冠とした、倭台やまだいである。その証として、我が娘のハルタヒメを大王に捧げる。さらに類い稀な神通力を宿す、アクリの妻ヒミコを頭目に取り上げ、力量があれば王に就かせたい。」


 帝は証として美しい末娘、十二歳のハルタヒメを差し出し、アクリの妻で四十六歳のヒミコを、頭目に取り上げること申し出た。

 王とアクリは虚を衝かれ、開いた口が塞がらない。


「歴史ある倭都政権はご立派であるが、代々にわたって嫡子の相続が当たり前になっている。これでは権力の奪い合いが絶えず、争乱の火種が消えない。だが大王は、大きなひとつの政治によって国の統制を図り、平和と発展を望んでおられる。倭台は倭都政権と共に歩むが、男王に固執しない選択肢も考える。」


 これは駆け引きでも、倭都軍を陥れる騙しでもないと、帝の目が語っている。

 王は信じてもよい、いや信じるべきと自身に言い聞かせ、帝の娘ハルタヒメを、熊曽討伐後に嫡子オウスの妃にと貰い受け、強固な関係樹立を約束した。


 それから二日に亘り、楼閣最上層の大広間で総勢百人の、倭都と倭台の同盟を祝う宴会が続いた。

 倭都では見たことのない料理や酒が目の前に並び、美女が隣に寄り添って酌をし、つたない倭都語の会話や通訳者の介添えで盛り上がる。気に入った女人は随臣が手配してくれ、夜も一緒に過ごした。


 倭都軍に倭台軍三百人を加えた、熊曽討伐の作戦会議も開いた。戦闘配置や攻撃手段・手順を綿密に協議し、荷役による食料調達と武器搬送の手分け、互いの軍が意思を疎通する合図の方法も徹底した。


 また双方の武具も見せ合った。倭台には鉄の兜や盾、胴巻だけでなく、鋭く尖った鉄の矢頭や槍先を生み出す技術、陣笠の量産体制もある。

 王は顔にこそ出さないが、心中秘かに驚いた。全てが倭都の素材・技術を遥かに凌いでいて、まともに戦えば勝ち目がないと感じた。


 だがひとつ気になる点が見えた。倭台軍の矢は、わずかだが曲がった竹が少なからず混ざっている。


「素晴らしい武具ぞろいだ。手前どもの矢頭と槍の穂先は石を割って削ったものが多い。それに比べて鋭く磨き上げた鉄の矢頭と穂先は、恐ろしいほど殺気に満ちておる。どうだろう、試しに矢を射て、見せてくださらんか。」


 帝が快く了解したので、黒髭の大男が六尺の大弓を抱えて立ち上がり、勇んで窓に向かう。窓から七丈先にある屋根頂上に、赤い旗が垂れ下がっている。


 大男は旗の横にある風見鶏を狙って、矢を放った。

 一射目は鶏の尾に当り、クルクルと回る。後方で見守っていた随臣や護衛官が声を上げ、拍手喝采。二射目は鶏の足元に刺さり、王も随臣も立ち上がって拍手した。


「お見事。」


 三射目は左に外れたが、大男は満足そうな顔つきで、髭を撫でながら席に戻った。帝は誇らし気な顔をしている。たった七丈の距離なら二発、いや三発とも鶏を射抜かないと失敗だが、あれで良かったのか。


「次は倭都軍の弓矢と、お手並みを拝見したい。」


「よろしい。当軍の弓矢で、技工師のソラフが試射をご覧に入れる。」


 ソラフは四尺の矢を抱えて一礼し、窓に進んで風見鶏を狙い、矢を放った。一射目は首に命中し、二射目は胴部に、三射目は足元に刺さった混台の矢を弾き飛ばした。


 宴会間の誰もが息を詰めて声を発せず、凍ったように動かない。帝も唖然とした顔付きだ。試射を終えたソラフは帝と王に一礼し、緊張した顔のまま席に戻った。


「三本とも命中するとはお見事、恐れ入った。拙者は軍の隊長を担っておるトウ・リンと申す。ソラフ師は技工師とお聞きしたが、射手の腕も素晴らしい。命中の極意を教えてくださらんか。」

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