己実と兎農を味方に付け、難攻不落の混台へ侵攻 二
「あの頑丈そうな煉瓦は投石器で破れるか。大将はハル・サイマと聞いたが、どんな男だろうか。中にどれほどの兵がいて、どんな武器を使ってくるのか。想像がつかない。」
何も分からず、攻め方が決まらない。そこでマキム王は、辰韓との交易によって頭角を現している商人アクリとミノシに目を付け、倭都でしか得られないと言われる輝く石の球と、針間で手にした透ける織物を貢物として持参し、二人に近付いた。
二人には、混台の存在に警鐘を鳴らすことを理由として、協力を求めた。
倭都の地にありながら辰韓人の巣になっている混台は、各地の豪族・蛮族に武器や農具をさばいて膨らみ、原住の倭都民を排除している状況について語った。
「これを放置しておけば、混台がどんどん巨大になり、遅かれ早かれ、倭都民の居場所と人権がなくなるだろう。残念だが倭都もあちこちで豪族が潰し合いをしている。これは倭都の国を乗っ取ろうとする渡来人の思惑どおりで、倭都民の存在は風前の灯火だ。急いで倭都の歴史と文化を基盤とした強い大きな国にしなければ、いずれ我々は征服され未来はない。」
辰韓との交易で潤っているアクリとミノシは、当初この話に乗らず、逆に敵対する姿勢まで見せていたが、二人はハッと目を覚ました。
「ここは辰韓ではなく倭都の地なのだ、そして我々は倭都民だ。」
六
四日後、アクリとミノシの懸命な手回しでハル・サイマ帝へ、面会を申し出た。代表団は畿内六州を治めるマキム王と随臣三人、兎農の呉人技師ソラ・フレイに、アクリとミノシを加えた七人、そして双方の通訳者二人を加えた九人である。
ハル・サイマ帝は唐突に混台の市を包囲した、千三百人の倭都軍を迎え撃つ準備をしていたが、予想に反して対話を望んだ倭都王の行動に、真意が汲み取れず返事に困った。
「これほどの大軍で取り囲みながら攻めないとは。話し合い、ウーン……。我が軍には勝てないと見て、降伏に来るのか。」
腕を組み、首をかしげて考え込むハル・サイマ帝に、アクリは膝を進めて進言した。
「倭都の王は、どちらの兵も民も、誰ひとり命を落とさない解決を選んだのです。」
本来、戦さとは首長の命を奪って勝敗を決するものだ。敵同士が話し合うなんて考えもしなかったし、聞いたこともない。だが命を落とさない解決という進言によって、帝は何かを感じたのか、大きくうなずき申し出を了承した。
十人の護衛官に促されて、マキム王と六人が長い廊下を歩く。楼閣の二階奥にある色とりどりの房飾りや壁一面の細かな彫刻に囲まれた、広い接見の室に通された。
ハル・サイマ帝は赤い鉄の兜と胴巻きに身を固め、随臣十四人を左右に従えて、室の奥正面に座している。その後ろに赤や黄、緑の衣装を身に纏った美しい女人が二十人並んでいる。
---なんと派手やかな。煌びに見えるが、美しいとは思えない。これが辰韓の文化か。
まるで感性の違う装飾と色に、七人は心の中で驚きながら護衛官の後を歩く。室の真ん中に卓と椅子が六脚、前の一脚を囲むように揃え、通訳者の椅子も二脚置いてある。
白を基調とした丸腰の装束で入室した倭都の九人。まるで戦う意思が見えない代表団を見て、帝はとっさに席を立ち、前で手を組んで深々と頭を下げた。
両側の随臣も同様に礼をする。七人は護衛官に促され、室の中央に設えた椅子の横に立ち、帝が座るのを見届けて座った。
「ようこそ、我が屋敷へ。大王が丸腰でお越しくださいましたのに、物々しい姿でお迎えしたことをお詫びします。」
帝の丁重な発声を、にこやかな表情で通訳者が王に伝えて会合が始まった。
美しい女人が白い容器を抱えて、笑顔で王から順に酒を注ぐ。王は頭を低くして周囲を見渡し、まだ緊張感はあるが、話し合いは成功すると確信した。
酒が室の全員に回ると、帝が乾杯の音頭を取り、少しの間なごやかな時が過ぎる。互いに双方を称え合ったり質問し合ったり、気さくな談義で裏心のないことを表現する。
いよいよ対話は核心に入る。帝は笑顔だが、厳しく射るような目で七人に問いかけた。
「我ら混台を滅ぼすために、この市を大軍で取り囲んだのに、なぜ攻撃しなかったのか。」
重々しい空気が七人の頭上で凍り付く。王はピクリともせず睨み返していたが、すぐに笑顔を作った。
「ここは神の世から倭都の国である。この混台の地もしかりで、渡来者である汝らが朕の許可なく開いた市だ。古くから倭都政権が治めている地を無断で入植した者は、我々が追放して倭都民を護る使命がある。異論あれば承ろう。」
「仰せの通り。異論ではないが、ひとつ伺いたい。大王はこの混台を攻撃せず、対話を選んだ。他に親征された地でも、この方法を使ってきたのか。」
「相手によって。我々は辰韓の文化と技術に敬服し、学ぶべき数は尽きない。しかし倭都にも、汝らにない伝統文化と技術があり、すべての民は戦さによる殺し合いや、破壊を避けたいと願っている。首長が民の願いを叶え尽力すれば、おのずと国は栄える。辰韓と倭都が力を合わせて繁栄を望むならば、互いの利益にもなる。」