伝助の白状でカカミの動きが見え、その対応を思案
「伝助の返答が思惑どおりなら、五分隊を差し向けて倭南を取り返す。治めているのはマスカが首領で戦略師だ。側近のカマチとシイラは手配師で、どれも戦闘は苦手そうだ。兵が三百しかおらず少ないのは、北の倭台や東の兎農に護られて油断しているからだ。ちょうど恵枇国の兵力を試すのに、打って付けの相手だ。」
「そろそろ温かくなる気候ですし、恵枇王は常に用意周到で、流石です。倭南州を征服すれば、兵たちは大きな自信になるでしょう。」
「温かくなれば、櫛木の市は船の出入りが多くなるな。陸からも回荷で来る民は多いだろう。」
「そうです。山の雪が溶けて菜、葱、豆、芋の種蒔きで、畑が忙しくなります。すでに水俣からも、南の太堂からも、鉄の鍬、犂、鎌を求めて米や野菜を積んだ舟が入っております。」
「倭都を探る伝助六人は、その太堂の津から船で出た。手分けして情報を聞き出し、急いで戻っても二十日後だろう。それまでに倭南攻撃の武器や武具、食糧が十分に揃うか調べないとな。」
国主は洞窟前の砦の下にある岩に腰を掛け、キル・タオ副帥、ウルク将軍、スモン副将軍と酒を酌み交わしながら、魏の交易市がある櫛木津の果てに沈む、紅い夕日を眺めている。
六
その頃、纏向の集落で怪しい動きをする中年の男が捕らえられた。男は吉備から来た、鉄で作った縫い針と糸の行商人だと言う。
宮廷の牢でヒサラ、コレイ、イ・リサネが厳しく尋問を続けていると、恵枇国からの嗅助だった。マキム天皇の嫡子が行方知らずになり、暗殺されたようだと聞いたので真偽を確認し、倭都の混乱状態も探るよう、恵枇国王の指令を受けたと白状した。
さらに問い詰めると、倭都近辺でマキム天皇に反感を抱く豪族を探し、結託して倭都に攻め入る計画があることも洩らした。
「恵枇国は前の熊曽で、逃亡したカカミ国主が魏と交易して興した州だ。奴が大人しく隠れている筈はないが、オウス様の難儀に乗じて倭都に攻め入るとは。もうそんな力を擁していたのか。」
コレイは縛り上げた嗅助を睨みながら、唇を噛んで怒りを露わにする。イ・リサネも唇を噛んで牢の天井を仰ぐ。熊曽討伐で唯一の後悔は、国主を逃がしたことだと、天皇から何度も聞いていたのだ。
「景行様は熊曽に勝利しながら、カカミを逃がしたことを長く悔やんでおられた。いつか強大になって、我々に向かって来るだろうと。」
「尋問は、もういいだろう。飯を与え、逃げぬように見張っておれ。」
二人の緊迫した口ぶりを、黙って聞いていたヒサラ。おもむろに牢番に見張りを下命し、場所を変えて対策を考えようと言い、牢を後にした。
白状を聞きながら伝助の目の動きと、微かに変わる表情を見ていたヒサラは、ある疑問が浮かんだ。三人は政務の間に入って天皇に同席を願い、リ・シオラも呼んだ。
「カカミは、恵枇タケル国主と名乗って国を構築し、魏と組んで財力や戦力を増強しているようです。熊曽を潰した恨みを晴らし、纏向を手中にしようと考えているのでしょう。しかし僅か三年で、纏向へ侵攻できるまでの規模になるでしょうか。」
いくら兵の数を増やし鍛練しても、確固たる軍隊教育は三年程度で成せる筈はないと、イ・リサネ軍師は思っている。
「まず無理だろう。だからオウス様の難儀で、都の綻びや混乱ぶりを探っておるのだ。併せて纏向周辺で、景行様に反旗を上げそうな豪族を見つけ、取り込む算段もあると洩らしおったし。まだまだ倭都に立ち向かう自信もなければ、規模も力も付いておらん。」
その通りだと、ヒサラは納得した。だが嗅助の白状を聞いて敢えて驚き叫んだように見え、何か腹案でもあるのか、それを確認したかった。
「牢でカカミの嗅助が白状した時、コレイ隊長が、そんな力を擁しているのかと驚きました。そしてイ・リサネ軍師が、強大になったカカミは、きっと我々に向かって来るだろうと叫ばれました。伝助の白状なので、大げさや嘘が混ざっているかもしれず、それを探るためだったのですか。」
同席していた天皇が、捕らえた嗅助ひとりの白状で、あれこれ詮索できず対策も取れない。もうひとり捕らえて尋問する必要があるのではと、ヒサラに問うた。
「カカミが放った嗅助や伝助は、どれほどいると洩らしたのか。」
「何人が探りに来ているのか問い詰めても、頑として知らないの一点張りで、人数は分かりません。ただ二人が組になって来たとは洩らしました。拙者はずっと嗅助の目の動きや、顔の表情を観察していましたが、その場逃れの嘘言はなかったと思います。」
「カカミのことだ、三~四組は放っておるだろう。」
「そう思われます。そこで考えたのですが、いくつかの豪族が景行様に良からぬ感情を抱いている。兵の一部に反感を持つ者が生まれ、民も不穏な空気を感じている。この様な状況を広めて嗅助や伝助を欺き、カカミに報告させたら如何でしょうか。」
天皇とヒサラの問答を聞いていたコレイと、リ・シオラが身を乗り出して賛同した。偽の混乱を報告させて、カカミの動きをこちら側が探るという妙案に、強い興味を表した。
「逆に欺くのか、面白いですな。動いたカカミの泣きっ面が、目に浮かびます。」