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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第三章
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初めて真剣で賊と戦い、村を護ったが天皇の言葉は

「貴方様が御大将とは、何卒ご勘弁を。盗賊からお救い下さり、何とお礼を申し上げて良いか。某も農民たちも、心底感謝しております。それにしても先ほどの貴方様の剣捌きは、常人とは思えず見入っておりました。失礼ですが御名を伺ってもよろしいでしょうか。」

 

 従臣の一人が、このお方は景行天皇の第二皇子、コウス様だと告げると、ラエムも監視兵も、さらに遠巻きに見ていた民衆も、一斉に地に正座し平伏した。

 ラエムは難波津で、天皇の次男コウスの名は聞いていた。意外な場所ではあるが拝顔できたことを光栄に思い、剣豪ぶりも聞いていたので、流言話以上だと感激した。


「いやいや、騎馬の早駆けで井來山を抜け、大田まで来たのだ。何やら騒ぎを目にしたので駆け付けたら、盗賊の集団だったとは。間に合って良かった。」


 鍛え込んだ纏向の兵と盗賊では、戦力に格段の差があると川内の兵や民に示した。コウスは心の中でつぶやく。


---立ち回りを、アマミにも見て貰いたかった。


 盗賊十一人の死体は監視兵と民が片付け、馬は一頭も傷付けなかったので、ラエムが没収した。この惨敗で、二度と盗賊が来ないことを祈りながら。


 アマミと両親が街道に出て、湖南村へ駆けたコウスたちを心配し、様子を窺っていた。五人が無事に帰ったので、諸手を挙げて迎えた。

 コウスの着物にも顔にも、真っ白な馬にも、おびただしい血痕が付いていたので、穏知川の水で手と顔だけ洗い、帰途に就いた。


 宮廷に帰ると、伝助によって湖南村での報告は天皇の耳に入っていた。コウスは黙っているわけにいかず、自ら天皇に謁見して事態と結果を報告した。

 ヒサラ政務官とイ・リサネ軍師が呼ばれ、同席になったところで事の次第を詳しく話した。あの行動と判断は褒められるのか、出過ぎた真似と叱られるのか。父上は何と断じるだろう。


「盗賊団は三十人おりましたが、斬った盗賊は手前が七人で、警護兵が四人です。こちらは負傷者ひとりも出ませんでした。賊は敵わないと見て何も奪わずに退散しました。村長のラエムは、もう二度と襲って来ないだろうと喜んでおられました。」

 

 聞き終わった天皇は、その盗賊が何処から来たのか、指令した後ろ盾が誰かを聞き出さなかったこと、一方的に斬り殺した末、みすみす逃がしたことをどう思うか、イ・リサネに意見を聞いた。


「統治域内で騒動が起こると、捨て置くことは出来ません。特に盗賊の場合は脅して懲らしめて、再来せぬようにするのが常套です。コウス様はいち早く駆け付け、被害を未然に防ぎました。その判断と行動は正しかったと存じます。」


 なおもイ・リサネは続ける。それは初めて真剣勝負を敢行したコウスの弁護だった。


「自ら先頭に出て戦った後、景行様の仰せにありました生き残りの盗賊を捕らえ、所在や後ろ盾を聞き出すのは、コウス様には重荷だったのかと。オウス様を連れ去った賊に、何か関係していたかも知れぬと考えれば、確かに仰せの通りです。」


 コウスを擁護したイ・リサネの一言一句を、何かを思うように上目遣いで聞いた天皇は、ヒサラにも同様に意見を聞いた。


「軍師が申し上げたことに、拙者も同感です。ただ野賊であれ豪族であれ、敵の要人や残兵を逃がすと再起するやもしれません。同盟に変えるのが弔い戦などを引き起こさない、大事な事と考えております。」


 今度はコウスに、イ・リサネ、ヒサラの意見に対して、思うことを率直に述べよと言った。


「ご意見を有難く拝聴いたしました。手前は真剣を交えたのが初めてで、怖くて震えながら民を護ろうと、無我夢中で戦いました。何とか勝利できた時、一番に父上と母上の御顔が浮かび、胸が張り裂けそうになりました。お父上の仰せにありました戦いの後まで考えが届かず、まだまだ修行が足りないこと、よく分かりました。申し訳ございません。」


 目から溢れる涙を拭おうとせず、両手を突いたまま、声を詰まらせながら、気持ちを正直に述べたコウス。

 ヒサラは湖南村の戦いが、生まれて初めての生死を分ける実戦だったことに気付き、また若干十五歳の童子が民を護るために、荒くれた盗賊団に挑んだ場面を想像し、胸が詰まった。

イ・リサネは深くうつむき、目を閉じて聞いている。天皇も感傷的になっているが、何と言うか。


「無事で良かった。畿へ早駆けするのも鍛練だが、断りなしで行くのは感心できぬ。行った先々で何が起こるか、兄上のように行方知れずにならないか、皆が心配していることを考えなさい。其方はまだ十五歳、学ぶことや得ることは多い。武術も大事だが、悪い者でも殺された者には家族が待っていることも、推して知るべし。心して勉学や修行に励むように。」


 兄を斬り殺した過ちで、天皇は冷酷・残忍な性質を怖れ、距離を置いているとコウスは思っていたが、父として息子の安否を心配していたのだ。


 それからのコウスは明るさを取り戻し、中庭で特製の護謨ごむ剣を使い、大人の兵に混ざって武術鍛錬に勤しむ。以前に増して文字の読み書きにも励み、役人たちやチヒコ、呉人との会話も楽しんでいる。

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