騎馬の早駆けでアマミに会い、コウスの胸が高鳴る
コウスは武術鍛練を終えると、従臣二人と警護の兵二人を従え、白い愛馬クララで井來山方面へ早駆けする日課が続いている。
天皇はコウスが始めた騎馬の早駆けが、何を目的としているのか問い質すことはなく、意見も何も言わない。
井來山を越えて川内平野へ抜け、川内湖を目指して整備された街道を駆ける。湖が迫る岸辺に、夏になると米作りが盛んな大田集落がある。
今は刈り取った藁を乾燥して、家屋の建材として保管する時期で、常に農民が何処かに出ている。
コウスは水田地帯の手前で馬を降り、広々とした田の畔を歩くのが好きだ。
右手に深い緑の井來山峰が、日の光を跳ね返して輝き連なる。左手に湖を囲むように長い松原が横たわり、振り返ればどこまでも平らで広い大地。
黄金色に敷き詰められた初冬の草原に、大小の木々が群を成して天空を目指す。
その木々には数え切れない鳥たちが見え隠れしてさえずり、一団となって西へ東へと、飛び行く光景が眩しい。
雪が降り続いた早朝、天皇の命令と信じて、慕っていたオウスを斬り殺した過ちで、天皇はコウスから距離を置くようになっている。
母のイナビヒメは、時が解決するまでの辛抱と励ますが、それは宮廷内や民の記憶から、オウスが消え去ることなのか。
真相を知らない軍師や兵・役人たちは、行方知れずの兄を気遣ってくれるが、余計に心が重い。
「ここに立つと、心に渦巻く闇が朝霧のように消え去る。この地には、民の心を癒して下さる神が居られるのだろう。吾にとっては掛替えのない〝まほろば〟だ。」
井來山と南に広がる草原に向かって、両手を広げて深呼吸するコウス。その屈託のない笑顔を見て従臣二人も深呼吸する。
警護兵は兄の事件の真相を知らないので、迂闊にもその話はできない。事件に加担した従臣は、天皇の後継者が第二皇子のコウスと思い、忠誠を貫いている。
冬は深まり、川内一帯にも雪が積もった寒い日。騎馬の早駆けで大田集落を訪れると、鼻から白い息を噴き出している愛馬クララに、人参を抱えた若い娘子が駆け寄ってきた。
「今日も、お疲れさま。もし良ければ、お馬さんに人参をどうぞ。父と母が持って行けと言うので、持てるだけ抱えてきました。」
はにかんだ笑顔で、十本の人参を差し出した娘子と目が合い、コウスの脳天を火花が突き抜けた。
農民の子らしく、手入れしていない黒髪を後ろに縛り、衣服も親か姉の下がりだろう茶染みた野良着だが、色白の整った顔立ちに、大きな黒目がキラキラ輝き美しい。何と可愛い娘子だろう。
「かたじけない。クララは腹を空かせておるところだ、遠慮なく戴こう。御許の家は人参を作っておるのか、美味そうだな。御許の名は何という。」
「アマミと申します。この白いお馬さんは、クララさんですか。」
従臣が受け取って異物の有無を調べた人参を手にし、馬を降りて愛馬クララに与えた。他の人参は従臣や警護兵の馬にも。
頭を上下させて旨そうに食べる馬を、娘子は嬉しそうに眺める。そのアマミを、コウスが眩しそうに眺めた。
「アマミか、可愛い名だ。歳はいくつだ。兄妹はおるのか。」
「私は十五歳で、十八歳の兄がおります。まだ田んぼに入れないので、畑で人参と無花果と、栗を育てています。」
「働き者だな。拙者も十五歳で、御許と同じだ。」
コウスの胸は高鳴っている。兄者が一目で惚れたモランを、似た娘子とすり替えた気持ちが分かった。
ずっとアマミを傍に置きたい、手放したくない。
息苦しい宮廷の生活から逃げ出すように、武術鍛錬の後は騎馬で早駆けしていたが、大田でアマミに出会ってからは、早駆けの日課が楽しくて仕方がない。