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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
23/108

行方知れずのオウス捜索中、コウスは断罪を白状

「父上、母上に申し上げます。兄者を斬り、川辺に埋めたのは手前です。この前、謁見の縁で父上は、倭都国に必要な女神を隠した兄者を、何とかせねばならない。だが息子を公の場で罰することは出来ないとも申され、手前だったらどうするかと、問われました。」


 天皇はコウスの自白に、胸の鼓動が止まるほど驚愕した。

 オウスの突然の死で落胆し、対面上かろうじて崩れる心を保っていたところへ、弟のコウスが我が手で兄を殺したと、告げたのだ。


 母のイナビヒメ、オウスの妻ハルタヒメも袖で口を押え、見開いた目が宙をさまよう。

 チヒコも事の重大性を感じてか、おびえて父と母を見つめている。


 しばらく時が止まったかのように、静寂が会合広間に漂った。平伏して、畳に額を付けていたコウスが顔を上げ、自白の経緯を続ける。


「お父上の問いを、部屋に戻ってよく考え、翌日の夕刻に兄者と会いました。お父上に詫びてモランをお返しし、別宅は取り潰してお許しが下るまで、本宅での謹慎を申し出よと提案しました。しかし兄者は、父上は受け取った女人で満足しておられ、モランが霊力を宿した女神と言うのは父上の思い込みで、普通の女だと聞き入れなかったのです。」


 オウスが詫びて女人を返し、謹慎を申し出るよう言ったのは良い提案だ。それに従えば、こんな凶事にならなかったと、天皇は残念に思った。


「これはもう、手前が直接罰するしかないと、従臣二人と策を練りました。その従臣は手前の命令に仕方なく従い、苦しみ悲しんでおりました。」


 しかし、オウスが聞き入れなかった時点で、なぜ儂に相談をせず斬り殺したのか。その目は兄を斬った罪意識も、後悔も感じられない。

 天皇の命令を受け、忠誠心で断罪したと言っている。


 コウスは身の丈が低いので、誰よりも強くなれと指導してきた。その甲斐があって剣術と体捌きは、大人の兵が一目置くほど上達している。

 だが強さの中に、いつしか容赦ない鬼畜の神が宿ったのだろうか、天皇はコウスの性根が恐ろしくなった。


 針間から天皇の父ハリマ王と、母アオナヒメが警護兵を伴って宮廷に入った。

 何者かによって孫が不意打ちに遭い、行方知らずになった一報を受け、居ても立ってもいられず駆け付けたと言う。


 熊曽討伐の凱旋中に立ち寄って一年も経っていないが、天皇が治める纏向政権は順調に拡大・強化しつつあり、喜んでいた矢先の凶報だった。


 天皇はハリマ王にも、弟のコウスが兄を斬り殺したことは、知らせなかった。

 今も連れ去られたオウスの捜索中と言い、また襲った賊を探し出すため、各地の首長に手配していると話した。

 針間から急いで駆け付けた年老いた両親に、感謝と労いの言葉をかけ、その日は勇輪神社で一泊してもらい丁重に見送った。


 西国のハル・サイマ帝には、娘でありオウスの妻のハルタヒメが読み書き出来るので、書簡をしたためさせて伝助を放った。


 書簡の内容はこうだ。主が雪の夜に厠屋の廊で何者かの襲撃に遭い、行方知らずになっていますが、私は離れた場所に居たため、襲撃に遭わず無事でした。ご安心ください。今は宮廷で暮らしつつ、あるじが無事に帰られる日を皆様と待っています。景行天皇とお妃様は気を病まれる中でも、日々政務に励んでおられます。お父様、お母様もご達者でお過ごしください。ハルタより。である。


 半月の深夜。雲間に煌めく星々は凍え、街道は身を切りそうな北風で人の気配はない。

 

 宮廷の北の扉から、オウスのひつぎに黒い布を被せたヒサラ、発見者の兵二人、遺体を宮廷へ運んだ兵二人の五人が提灯を使わず、黒い着物に黒い頭巾で月明かりを頼りに街道を粛々と進む。

 八日間、本殿に安置していたオウスの遺体を、誰にも悟られず勇輪神社へ運んだ。


 翌日の早朝、オウスを運んだ五人に、両親の天皇と妃、三男チヒコ、オウスの妻ハルタヒメが加わって、神社の本堂でリス・コウ神主の祈祷が始まり、オウスの御霊を神の許に送る遷霊儀せんれいぎが、暗くした部屋で厳かに執り行われた。


 神主の祈祷は続き、参拝者が順番に玉串を奉奠ほうてんした後、日が昇る頃には本堂の裏に用意した墓穴へ、そっと棺を埋めた。


 この内密の遷霊儀、埋葬儀にコウスはいなかった。天皇は、兄を斬った本人の参列を禁じ、兵舎の自室で日が天頂に掛かるまで、神社に向かって拝むよう諭したのだ。


「オウスの葬儀は内密に遂げることが出来た。この次は纏向周辺や、見舞いに来られた首長に手配した賊の捜索だ。いつまでも続けるのは心苦しいので、ひと月後には捜索終了を宣告しよう。だが決して諦めていないと思わせるため、兵・役人から十人ほどを捜索隊の専任にし、偽の作業を続けさせる。」


十六

 寒風が吹き付ける宮廷の中庭は、朝早くから兵の鍛錬中だ。天皇嫡子が行方知れずの惨事から二十日が過ぎ、日常が戻ったかのようだが、オウスの姿はない。


 以前に比べて、持ち前の元気が失せたコウス。兵たちは兄を慕うがためと、遠慮気味だ。あの惨事以来、剣術を封印して槍術に精を出している。

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