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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
22/108

父に背反した兄オウスを、コウスが代わって断罪 二

 日が昇り、オウスの別宅は大騒ぎになっている。主のオウスが忽然と消えたのだ。

 従臣や側女、寵妃が宅内や周辺を捜索すると、厠屋の廊に血が飛び散っていたが、別宅を囲んだ高さ三尺の竹垣に損傷はない。


 夜半に外部から賊が侵入した形跡は見られない。宅内にも、まったく乱れた様子がない。

 検分中のヒサラとラ・ウネは、厠屋付近に血痕が残った以外に、何ひとつ異変が見られないので、首をかしげるばかり。


 従臣や側女、妃も寵妃も夜中に物音ひとつしなかったと言う。夜半からの雪積で足跡も、厠屋付近以外の血痕も消えているのだ。


「聞いたところでは揉み合ったり、争ったりしていないようだな。夜中に厠屋で不意打ちを食らい、傷を負って口を塞がれ、連れ去られたようだ。もしそうなら賊は五人か十人くらいで、策を巡らせていたようだ。オウス皇子が何処かで生きておわすよう、祈ろう。」


十四

 この一大事に兵も集落の民も、こぞって西の井來山や東の箕輪山、さらに北の浅和山まで足を延ばして山中に入り、また大小の川や池や繁みを探して回る。


 どんより空を覆っていた雲が切れ、日が差すとともに雪が解けた。地面が見え始めると、厠屋の廊と下の庭におびただしい血痕が、ヒサラとラ・ウネの目に飛び込んできた。


「何ということだ。これがオウス皇子の血だとすると、この場で絶命されたことになります。廊の下も植木の陰も、お姿は見えません。オウス皇子のしかばねをどうにかして運んだのなら、その方向に点々と血痕が落ちているはずです。」

 

 片手で鼻と口を覆い、片手で涙を拭いながら叫ぶラ・ウネ。悲しみの捜索が、痕跡の有無を調べていた五人の兵と共に始まった。

 小さな血痕も見逃さないよう、皆が地を這って行く手を探る。兵のひとりが、竹垣の外に大きな血痕があると、ヒサラのもとに走ってきた。

 

「確かにこの方向だ。塀の内側に血はなかったので、大きな布か荷ぞりに乗せてここまで運び、何人かで塀の上から投げて出したようだ。よし、外の人数を増やして、ここから先の血痕を見つけろ。」


 再び地を這って、オウスの行く手を探っていると、三人の兵が息を切らして駆けて来た。


「政務官様、先ほど耶渡川の繁みで、薦に包まれた人の死体を見つけました。もしやと思い、ご検分いただきとう参じました。」


 兵の先導でヒサラとラ・ウネが、オウスの別宅から北へ半丁先の川辺へ走る。足がもつれ、目は血走り、鼻汁が止めどもなく流れる。ヒサラは走りながら、そっと天を仰いで手を合わせた。


---神様、どうか、どうか、オウス皇子でありませんように。


 景行天皇の嫡子オウスが行方知れずの報は、たちまち各地の同盟豪族に伝わって、方々から多数の騎馬が宮廷へ馳せて来た。


 天皇と妻のイナビヒメ、二人の息子、オウスの妻ハルタヒメは、次々に駆け付ける各地の豪族に感謝の意を表し、会合広間で面会を重ねた。

 嫡子が夜中に何者かの不意打ちを受けて、連れ去られたこと。負傷が心配な身柄と賊の正体を、全力で捜索中であることを打ち明けている。


「纏向の集落や村の民には、家の周辺や田畑、溜め池を見回るよう指示し、兵は山の中と川を当たっています。もう三日目になりますが、全く手掛かりがありません。また軍師と政務官が手分けをして、不審な持ち物や足跡がないか、当時の目撃がなかったかを調べています。」


 イナビヒメが状況を説明し、続いて天皇が豪族にも協力を求める。


「思いもかけない事態で迷惑をお掛けするが、賊が何処から来たのか、何者の陰謀・指図かも分らぬ。御帰りになられたら、纏向への反抗、不従の意志を持つ者、朕や息子に恨みを持つ者を、探っていただけないか。」


 天皇の嫡子が傷を負ったまま、何処かへ誘拐されたことを確認した同盟豪族たちは、騒然としている宮廷の周囲を見て、当地での捜査を引き受けて急ぎ引き返す。


 三日間で七豪族が駆け付けた。多分この事件を聞き、針間からも来るだろう。

倭台のハル・サイマ帝からも娘婿の惨事なので、何らかの伺いが入るだろう。


 雪が解けて、耶渡川でオウスは死体で見つかった。ヒサラとラ・ウネは、急いで同じ薦の袋を五袋集めて土と藁を詰め込み、捜索中の兵や人には別宅の修理を装い、二人一組で運ぶ。


 オウスの亡き骸が入った袋は宮廷の南入口から運び込み、本殿のオウス本宅に安置した。

 死体を発見した兵と運んだ兵には、賊の正体が判明するまで口外しないよう厳命し、行方知れずとして偽りの捜索を続けている。


「身柄の捜索は、いつまでも続ける訳にはいかない。あと三日くらいで、行方知らずのまま打ち切ろう。だが賊の追跡と真の理由は、暴くまで続けねば。」


十五

 天皇が苦悩に満ちた表情で、ポツリとつぶやいた。果たして賊の正体と、オウスが殺された真の理由が判明するだろうか。もう誰も、天皇に言葉をかけられない。


 訪れた豪族たちが去った夕刻、コウスが天皇の前に出て平伏した。

 もうこれ以上黙っていられず、真相を明かすべきと意を決したのだ。

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