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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
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父に背反した兄オウスを、コウスが代わって断罪 一

「あやつの将来のために公にはしないが、親子間の戯れ事では済まされぬ。倭都の行く末を左右するかもしれず、二人の女人の人生も変えたのだ。若気の戯れ事であっても、嘘や騙しが人の命を左右し、社会を壊すこともあると身をもって知り、罰を受けるべきだ。許すことは出来ぬ。」


 コウスは宮廷内の兵舎に住んでいるが、オウスは嫡子なので本人の希望で、宮廷外にも別宅を持ち、多くを別宅で暮らしている。そのため、内情はよく知らない。


 祝言を挙げて、ハルタヒメと仲良くしていると思っていたが、父が側女に迎える女人を別人とすり替え、別宅に住まわしていると知って驚愕した。


「兄者がお父上の側女になる娘子を奪い、隠しているって。何故そんなことを。まさかお父上に何か恨みがあるのか。信じられない。」


十二 

 学者のリ・シオラが宮廷で行っている学習塾。

 昼餉の後は役人や兵の子供たちを集め、呉の巻物を開いて読み書きを指導し、夕餉の後は天皇や役人をはじめとする、大人が集まって学んでいる。


 今は多少なりとも聞き取れ、書けなくても吾人と話せるようになった人が増えてきた。


 チヒコは文字の読み書きが好きで、自ら進んで書写や自作の詩を作って悦に入っている。

 オウス、コウスは学習が苦手と言いながら、日常使いの文字は読めて、書けるまでになった。


 文字は、情報や事象を書き留めることで、後々まで記憶として残り、また蓄積もできる便利な道具だ。


 倭都独自に発達した伝助の口伝では何も残らず、言い間違いや聞き違い、解釈違いなどで正しく伝達ができなかった。

 外国は遠い昔から、文字を使って文化の継承や、技術の発達を進めてきた経緯があり文明、商工業、軍備などが飛躍的に発展・拡大してきた。


 これからの時代は、文字が国として強化・発展の要になると、天皇は政治家から民まで、広く推奨している。


 文字の学習を終えて、兵舎に戻るコウスを天皇が引き止め、謁見の縁を歩きながらオウスの話を持ち出した。その声は小さく、表情も硬い。

 半年前にあった、女人すり替え事件の話だと分かるのに、時は必要なかった。


「文字の学習は進んでおるか。もう呉人と普通に話が出来るようになったか。儂は文字と、その意味が繋がらず、リ・シオラの言うように覚えられないぞ。歳のせいかな。」


「若い兵も、皆そう言って悩んでおります。手前は父上が親征された時から、軍師の叱咤で始めましたので少しは。それに、文字好きのチヒコにも教わっております。」


 父は笑って何度もうなずいていた。だがすぐ真顔になり、オウスと女人のことは聞いたかと問う。


「半年前の女人すり替え話の事でしょうか。従臣から流言話として耳にしました。」


「オウスに、その信憑性を問うたか。」


「いいえ、何も。他愛たあいのない流言話ですから。」


 父はしばらく空を仰いだまま無言だったが、意を決したように弟である自分に、事件の解決策を聞いてくる。父は想像以上に困っているようだ。


「オウスには戯事かもしれないが、久志村の娘子は……。其方に倭台のヒミコという、霊力を宿した女人の話を話しただろう。あの娘子も倭都国の発展に必要な、霊力がある女神だ。オウスは、その女神を隠す悪事を仕出かし、飄々としておる。何とかせねばならんが、親が息子を罰するなんて、とても儂には出来ない。コウスなら、どうするか。」


 妃のイナビヒメ、甥のヒサラにも相談を持ち掛けたが、納得する策も案も出ていないと言う。

 父はそれが嫡子であっても、詭弁きべんろうして許すほど、甘くない性格だ。


 兄者の戯事が父上にとって、重く困難な問題で心を痛めているとは、コウスも考えていなかった。どうしたら……。


「父上、手前ごときに良い方法が出る訳ありません。まして隠密裏に手を打たねば、大きな騒動になり、この纏向を揺るがします。よく考えたいと存じます。」


 謁見の縁で、深刻な立ち話になってしまった。

 慕っている兄者が仕出かした、尊敬している父への悪事。父は自分に何をせよと言うのか。


十三

 まだ暗い早朝。風がなく、寒さはそれ程でもないが、窓の外を見ると雪が音もなく、静かに舞い降りている。

 厠屋かわやに立った足で門番の目をかわし、宮廷を出てオウスの別宅へ向かった。辺りは雪明かりで木々も屋根も、畑も白の世界に染まっている。


---兄者も厠屋へ出る頃合いだ。


 コウスは戻って剣を背負い、薦の袋を抱えて引き返し、別宅の厠屋に通じる廊の下に潜んだ。しばらく待つと、オウスが目を擦りながら歩いて来る。


---よし、今しかない。

 

 庭の石を踏み台にして跳び上がったコウスは、オウスの左肩から胴へ、斜めに剣を振り抜いた。

 返す剣で右腕を落とすと、血飛沫が廊と庭に黒々と散り、オウスは声を出すこともなく、廊から庭へ崩れ落ちた。


 その死体の左腕と両足も斬り落とし、薦袋にオウスを詰め込んで縄で縛り、予め近くの川辺に掘っていた穴へ投げ込み、誰にも気付かれないよう兵舎に戻った。


 雪は降り続き、明るくなる頃には血飛沫や、薦袋を引きずった跡を覆い隠していた。

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