オウスは元服し、そして倭台のハルタヒメと祝言を
「お父上、只今ノセルの次女、モラン様をお連れいたしました。久志村でモラン様への見送り、別れの挨拶が祭りのようになって出発が遅れ、ご心配をお掛け致しました。」
「ご苦労であった。このような祀り事の遣いは初めてで、荷が重いかと案じておったが、よく成してくれた。近々ある其方の元服の儀式もこの様なもので、次は其方が主役だ。あとは朕の世話人の役割話になるのでコウス、チヒコと共に下がってよい。オウスは目も顔も赤いな、疲れたのであろう無理もない。ゆっくり休め。」
コウスとチヒコとは本殿から離れた兵舎で別れて、宮廷の外にある我舎に戻ったオウス。従臣と側女の出迎えを手で制し、黙って自室に入った。
緊張のあまり胸は激しく鼓動し、身体も熱く火照ったまま、自室に入って大きく息を吐いた。
この事実を知っているのは従臣の二人と、以前から仕えている側女だけ。
オウスは、その夜から三日間モランを奥の間に潜ませ、普段と変わらない振る舞いで武術鍛錬や、読み書きなどの学習に精を出す。
三日が過ぎた夜の別宅。オウスはモランを自室に呼び、自身は景行天皇の嫡子で、次の天皇職を引き継ぐことが決まっていると話し、近々に親の政治的な都合で、仕方なく西国の姫と祝言を挙げることも打ち明けた。
「迎えに行った二日前、道の状態を確認するため久志へ寄った時、モランを見てひと目で惚れた。其方を手放したくない一心で、よく似た娘子とすり替えて天皇に差し出し、見破られなかった。吾の気持ちを察してくれるならば、天皇職を引き継いだ後も寵妃として、ずっと大切にする。」
オウスは熱い言葉で約束し、モランが承諾したのでヒララと改名した。
十
何事もなく二か月が過ぎ、オウスの元服儀式が本殿の会合広間で厳粛に執り行われた。
針間の両親、由埜、磐紀、名張の首長や西国・倭台のハル・サイマ帝、倭南で政務を司るシイラ、マスカ、カマチを呼び寄せ、父の景行と母のイナビヒメが取り仕切った。
儀式を終えて、髪を上げたオウスが謁見の縁に出た。中庭に千人近く集まっていた兵や軍備職人から、盛大な拍手と歓声が沸き起こった。オウスは手を挙げて応える。
「まあ、髪を上げたオウス皇子の凛々しいこと。」
「もともと体躯が大きいので、一段と大人っぽくなって頼もしく見えますなあ。」
オウスの元服に西国のハル・サイマ帝を呼んだのは、ハルタヒメとの祝言を元服儀式の翌日に計画していたためだ。
場所は勇輪神社。本堂では早朝から琴や小鼓、そして鐘と竹笛の音色が厳かに流れ、鳥居の内側では二張の太鼓がオウスの祝言を知らせ、周隣の人々が境内に集まる。
広い祈祷の間の奥中央で、天皇と針間王を右に、イナビヒメとハル・サイマ帝を左に従えた黒羽織と袴姿のオウスが座っている。
奥の左隅ではリス・コウ神主が、白木の祝台で静かに線香を焚いていた。祈祷の間は各地の要人や役人で百人ほどが埋まり、祝言の時を待っている。
日が天頂近くに昇った時、左奥の障子が開き、白無垢の花嫁衣装のハルタヒメが巫女に手を取られ、いそいそと現れた。
すぐ神主が一礼して先導し、オウスの左横に座るよう手で示す。祝言の席は整った。
臨席のハル・サイマ帝は、目出度い婚礼の場にありながら、夜明けの湖を思わせる式次の静けさに驚いたが、現れた花嫁の白無垢姿にも驚いた。
呉の婚礼は賑やかで楽しい祭りだが、この国では厳かな神事なのだと知って、胸が熱く込み上げるのを禁じ得なくなった。
また我が娘の晴れ姿が眩しく、溢れる涙が止まらない。
倭都は神を敬い、人を重んじる精神が脈々と息づいている。この美しい文化の灯を消してはならない。
混台での会談中に、マキム王がすべての民は、殺し合いや破壊のない社会を願っている、と断じた言葉が甦った。
あの時、倭都政権の一角になると誓い、娘を差し出して倭台に改称したことは、間違っていなかったと改めて思った。
倭都の偉業、熊曽討伐の報は東国まで轟き、北から東から、各地の大豪族が次々と纏向に訪れるようになった。
伊勢湾の北を広く治めている小巻族は百人の隊列で、大量の貢物と美女を連れて参上したほか、北からは互いに睨み合っていた近海族、舞鶴族が和合して会談を申し入れた。
北国で威勢を張っていた弦臥族も纏向政権への追属を求め、拝謁して来た。
しばらくの間、天皇もソラフも大忙しの日々を送った。
この夏は二度大きな嵐に見舞われ、また日照りが続いて雨乞いもしたが、大きな川に恵まれている都は大事なく半年が経過した。
秋は日々深まり、時おり冷たい風が吹き抜け、雪が木々を薄化粧する季節になった。宮廷の中庭では、朝早くからイ・リサネ軍師の指揮のもと、兵の鍛錬が行われている。
オウスの騎馬弓術は六丈先の的を射抜く正確さが冴え、十尺の槍も自在に操る。
戦術面でも的確な判断で、小隊なら大将を任せられる風格さえある。景行天皇の継承者として、誰も疑念を抱かない成長ぶりだ。