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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
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美しい娘子を迎えに行ったオウスに、心の変化が

 その日の夕、政務室にイナビヒメとオウスが呼ばれた。天皇はイナビヒメに事の次第を話し、オウスに輿入れ駕籠を準備し、久志村に住むノセルの次女モランをもらい受け、丁重に連れて帰るよう指示した。


「父上、ご指示は承りました。ですが迎える娘子は側女です。母上と同等の扱いとなる、祝言と見紛うような輿入れ駕籠は無用と存じます。久志村は三里先と近く、道中に危険はないので、馬一頭と日除け傘を用意し、某と警護兵六人で迎えに行きます。風雨にもよりますが、十日後で如何でしょうか。」


 オウスの提案を快く承諾した天皇は、口元に笑みが見える。イナビヒメもその方が役人たちの誤解を招かないと賛成した。


 天皇はヒサラに美しい女人を女神と例えてから、つい神事の気分になっていた自身を密かに反省した。そして十六歳でありながら、大人顔負けの意見を出したオウスを誇らしく思った。


 驚いたヒサラは伝助を走らせた。娘子モランを見染めたのは、天皇であることをノセルに告げ、十日後に天皇の嫡子オウス様が迎えに来て、両親も宮廷本殿へ招くと伝えた。


 だがノセルは、母親が病で伏せているため参上できないと、重ね重ねの光栄に恐縮して詫び、代わりに村を挙げて見送ると申し出た。


 モランの出迎えを承ったオウスは翌日、宮廷の馬舎で白馬一頭を調達し、側近二人を連れて鞍工房の現場を訪ねた。高貴な女人が乗る革張りで金飾りの、豪華な鞍を作るよう命じ、寸法を合わせるよう白馬を預けた。


 その足で旅人を装って久志村へ赴いた。道程と街道の状態、村の様子、迎えるモランがどんな女人かなどを、密かに確かめるためである。


 耶渡やと川の橋を渡ると、広い作業場があって隣家より大きなノセルの家が見え、使用人らしい男が三人、木の伐り出しを持ち込んでいる。


 家の前では、野良着姿で黒髪を後ろに縛っただけの、化粧っ気のない娘が焚木を束ねている。遠目に見るが、肌は透き通るように白く横顔は、まるで美しい天女だ。


「モラン、ちょっと。お昼の支度を手伝って。」


 家の中から、昼餉の準備をしているらしい女の声がして、外にいた女をモランと呼んだ。この時点ではまだ、父の遣いを全うしようとする誠心しかなかった。


「何と美しい、あの娘子がモランか。父が見染め、女神と言った言葉どおりだ。」


 ふと、オウスの脳裏に黒い神が降りた。

 宮廷から北西半里にある結埼けざき集落に、顔立ちの似た娘子がいることを思い出し、急いで引き返す。

 

 その娘の親に会って、娘子が欲するなら天皇の側女にしてもよいと話した。

 親は突然の報に喜び、娘を連れて来た。身の丈はモランとほぼ変わらず、齢は二十歳で瞳がきれいな美女だ。


 心が決まった。連れ帰る途中に我舎で、すり替えをすればいい。

 娘子を化粧すれば美しさが際立ち、モランの若草色の衣装を着ると、よほど懇意でない限り見分けがつかない。


 父はあの宴で一回酌を許しただけで、既に酒に酔っていた。素知らぬ体でこの娘を渡せば父は見破れず、美しいモランは吾のものになる。オウスの心が躍る。


 十日目の朝、出迎えの準備は整った。空は薄い雲で覆われ、一時ほど前に昇った日がぼんやりと地を射し、涼しく爽やかな風が頬をなでる。


 正装で騎馬のオウスを警護兵二人ずつが両側に挟み、見送りの兵たちと和やかに言葉を交わしながら歩いている。

その後ろから金飾りで革張り鞍を乗せた空の白馬が、昇り旗をなびかせた贈物の荷ぞりを引き、警護兵二人に守られて宮廷を出た。


 わずか三里先の久志村だ。夕刻には戻るだろうと、天皇は逸る気持ちを抑えて待った。

 しかし、日が沈んでも迎えに出た一行は戻らない。

 心配になったコウスが、東の櫓に上がって久志村方面を探す。だが集落や村はもう暗くなり、状況がつかめない。


 少々の異変でも知らせが入る伝助の口伝もなく、帰らないのは嫡子オウスの一行だ。只ならぬ事態に宮廷内が震え上がる。

 急いで兵十人ずつが、二十隊に分かれて方々へ捜索に出た。そこへ提灯をかざした黒い隊列が、北から近寄って来る。


 宮廷の騒ぎをよそに、オウスの一行が悠然と帰って来たのだ。


 白馬には若草色の衣装を着た女人が横向きに騎乗し、それを護るようにオウスの馬が並び、警護兵六人が提灯を高々とかざして後部に付いていた。

 正門で捜索隊を指揮し、情報を集めていたイ・リサネ軍師が駆け寄り、身の安全を確認すると、オウスの馬の首に抱き付いて、喜びの声をあげた。


「おお、戻られましたかオウス様。暗くなったので天皇をはじめ、皆が心配しておりましたぞ。御迎えの姫も、警護の兵もご無事で良かった。」


「少々遅くなり心配をかけたと思うが、無事に天皇の側女をお連れ申した。」


 オウスは平然とした表情で、軍師に声をかけて本殿に向かう。警護兵六人は解散し、広場にいた兵や役人たちが、周りを囲んで二頭の騎馬に付いた。


 天皇の自室。天皇を真ん中にしてイナビヒメ、コウス、チヒコ、そしてヒサラ、リ・シオラと側女三人、西国から連れ帰ったレミアが、奥の障子を背にして座っている。

 オウスがモランを室に先導して、並んで座り、両手を突いて深々と礼をした。

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