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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
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祝宴に参加した美しい娘子に、天皇が心惹かれる

 コウスとチヒコが天皇の前にせり出て両手を突き、コウスが父の目を見上げて大きな声で挨拶した。


「父上、お帰りなさい。いつかゆっくり、西国の熊曽や倭台、船旅のお話を聞きたく存じます。難波の開墾も、近いうちに見学したく存じます。」


 挨拶を一言で済ませ、西国や難波の興味が強く、父から吸収しようとする意志が伝わり、直視して話すコウスの強く、輝く目にオウスとは違った才が芽生えていると驚いた。

 続いてチヒコも、満を持した顔つきで挨拶した。


「父上、お帰りなさい。チヒコは十二歳になりました。会いたかったです。」


「おう、チヒコも大きくなったのう。文字の読み書きが達者と聞いているが、後で見せて貰おうか。」


 イナビヒメは息子が三人とも、迎えの挨拶が立派に出来たことを密かに喜んだ。オウスの元服許可も下るだろう。準備はできている。


 宴が盛り上がっているうちに、日はとっぷり暮れた。

 遠方の順に席を立った豪族、集落の代表が天皇、政務官、役人に中座の断りをして回るので、天皇は上段から降りてヒサラの横に座った。

 

 参列者は誰も彼も顔が真っ赤で、気持ち良さそうだ。宴がこの都の絆を一層強くしたと、天皇は確信した。


 凱旋行事が済んで十日が経った。連日降り注ぐ厳しい陽光を浴びて、宮廷や周辺集落に静けさが戻り、普段の暮らしを営んでいる。


 本殿の政務室で、天皇は遠征中の政務・財務報告を受けている。

 読み書きが苦手な天皇は巻物を広げたヒサラに読み上げてもらい、それをリ・シオラが解説。


 文字とは、こうも情報量が多く、巻物で保管ができるのだと感心し、今後は兵も民も読み書きできなくては、諸外国に対抗できないと強く感じた。


 政務・財務報告を終えて茶をすすりながら、神社や本殿の宴で女人を手配したヒサラに、天皇が小さな声で聞いた。


「あの宴に華を添えてくれた女人の中で、若草色の着物の娘子がいたな。器量がよく、立ち居振る舞いや仕草に品があり、ひときわ輝いて見えたが、誰の娘だ。」


「あの娘子は、久志くし村の村長むらおさ、ノセルの次女です。そう言えば、美しさが際立っておりましたなあ。」


 久志村は三里ほど北西にあり、大嵐で耶渡やと川が氾濫した際に、天皇の巡検で同行したことがある。

 村は大きな被害を受け、当時の村長は大水に巻かれて死亡。今は長男のノセルがおさを継ぎ、米作りと木伐で当時より村は発展している。


 ヒサラは天皇が気晴らしで、盛大だった宴の話を持ち出したと思い、今の久志村の話を手短かに話した。だが天皇はそれを軽く聞き流し、自室に引き上げた。

 不思議に思ったヒサラは横のリ・シオラに、腑に落ちないと言いながら、巻物と筆を片付け始めた。


「景行様は、久志村の何を知りたかったのか。思い込んだ様子で、黙って出て行かれたが。」


「そうですね。ひょっとしてですが、宴にいた女人のことを知りたかったのでは。」


「あの美しかった女人か、名前は確か……。」


 整理していた巻物から一巻取り出して探すと、名前はモランだ。もう一度呼び付けよというのか。

 天皇の真意が汲み取れずに困惑していると、リ・シオラは口に手を当てて、小声でつぶやいた。


「ここだけの話で、他言は無用にしてくだされ。景行様は好色と聞き及んでいます。あの娘を寵妃に迎えようと考えたのでは。」


 妻にイナビヒメがいて、身辺の世話係と称した側女が三人仕えている。さらに熊曽討伐の後、火良集落でアムアの娘レミアを見染め、側女として連れて帰った。


 また倭台でハル・サイマ帝の末娘、ハルタヒメをもらった。まだ十一歳なのでオウスの妃として迎え、手は付けていないはずだが、言われれば思い当たる。


 ヒサラは間違いないと思った。まだ日暮れまで時はある、すぐに伝助を呼んで久志村へ走らせ、天皇凱旋の宴で、宮廷の〝ある者〟が娘子を見染めたと告げるに止どめ、ノセルから娘の年齢や身辺の事情、本人の気持ちを聞き出すよう指示した。


 ノセルは、我が娘が宮廷に入る光栄に歓喜。すぐ娘を呼び付け、宮廷に迎えられたら母や家族とは離ればなれになるが、久志村の誇りになるので受けるよう勧めた。

 伝助は改めて通達があると言い、早々に引き返してヒサラに報告した。


「景行様、昨日は久志村の様子をお聞き戴きましたが、先の宴で舞いや酌をした女人についても調べましたので、ご報告申し上げます。娘はノセルの次女で、モランと申し十九歳です。長女にキララがおりますが母の看病で、あの宴には入っておりません。モランの性情は物静かですが、よく父を助けて働き、村の人気者として可愛がられております。宮廷に迎えられると聞き、当人は喜んでおります。」


「調べてくれたか。あの女人がずっと、儂の頭から離れずにいた。美しさと品の良さは別格で、頭も良さそうに思えた。儂の身辺に置くべき女神に相応しいではないか。」


「では拙者が出向いて、お連れいたしましょう。」


「儂はハル・サイマ帝の娘を、帝の進言でオウスの妃にと受け取ったが、祝言は元服後になっておる。ちょうどいい機会だ、祝言前に女神の輿入れ役を、オウスにやらせよう。」

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