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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
16/108

天皇の凱旋を祝う宴に、豪族や周隣の首長が集結 三

 一時ほどして装束を整えた倭都軍の幹部が、上座の両横扉から三十人ずつ入場し、六十人が揃って天皇に一礼すると招待者の方を向き、広く空けてあった下座の前に三列で座った。


「おう、倭都軍の兵が目見えだ。コレイ隊長、エノカ副隊長、ソラフ師はご健在ですな。兵たちも、おととい寺へ戻られたばかりと思えない活力が、漲っておりますなあ。」


 由埜の首長オスロが、隣に座している高尾の首長クロエに小声で、正面に座っている凱旋兵の雄姿を讃える。


「そりゃあ、討伐を果たして帰って来られたのですから、当然でしょう。この中に由埜様の加勢兵も、十人混ざっていると聞いております。五年の間、さぞご活躍なさったことでしょう。」


 親征前から不穏な動きがある司馬しば豪族の警戒と抑えを任され、加勢兵を送れなかった高尾のクロエが、羨ましそうな口調でオスロを労った。


 招待者の騒めきの中、天皇の横に座っていたヒサラが立ち上がって、にこやかな表情で挨拶した。


「お集りの皆様、討伐隊を盛大に御迎え下さり、誠に有難う存じます。重ねて御礼申し上げます。これより熊曽討伐と、西国三州平定を成し遂げた第十二代景行天皇の御言葉を頂戴し、ささやかな宴をお楽しみくだされ。」


 ヒサラの挨拶を受けた天皇は、参列者を優しい目で見回しながら、ゆっくり丁寧な口調で凱旋の挨拶と報告をする。


「これにお集りの諸氏に報告申し上げる。倭都軍は西国の熊曽を討伐して、本日ただいま三百四十五人がご覧のとおり元気に戻って参った。凱旋隊を迎えるため、格別の準備を整えられた者、遠方より駆け付けて迎えて下さった方々、誠に、誠に有難く存ずる。」


 その声の響きが聞く者の感情に突き刺さり、静かな騒めきが起こる。どこからか小さな拍手が聞こえ、すぐ大拍手となって大広間に響き渡った。


「有難い応礼、誠に幸甚である。それに甘えて申すと、陳は西国で余りにも進んだ数々の文明を見聞きし、正直に申せば身が震え上がった。残念ながら現状は、倭都国内で権力者同士による潰し合いが絶えず、諸外国が我が国の衰え具合を静観している。」


 頭を上げた天皇が突然、倭都国への憂いと展望眼に触れ、参列者は息を詰めて聞き入った。


「もう、そんな場合ではない。遠からず文明の進んだ外国に侵攻・征服され、倭都が育んだ文化や文明は消え去ろう。我々は外の国からの侵攻を寄せ付けない、大きく強い国であらねばならないと、身をもって感じた。」


 三十七歳の若さとは思えない、倭都国への憂いと展望眼。

 古くから親交のある由埜のオスロは、垂仁天皇の後継とされていた針間の王が、若干二十七歳の嫡子マキムを推挙した十年前を思い起こし、彼の器の大きさを改めて得心した。天皇の熱い言葉は、まだ続いた。


「倭都と畿の七洲を固い連携で治める諸氏と、新たに同盟を結んだ西国三州と共に、この国がひとつにまとまって一層強くなるため、難波を国固めの拠点にすることとした。西国遠征隊の中から、難波残留を希望する兵と労役者が、当地の民と力を合わせて、既に開墾を始めておる。」


 宮廷を出征した時は五百五十人だったが、戻った人数は三百四十五人だった。

 思ったより隊列が短く、身の回りの世話で同行した女人の数が目立って少なかったので、オスロは五年の間にどんな事変があったのか案じていたが、それは思い過ごしだった。


 難波は井來いくる山を越えれば臨める、四里先の近い場所で用事があれば会える距離だ。ヒサラは伝助の情報で、残留を希望した人数は聞いていたが、誰かまでは知らない。


 彼らは収穫の繁忙期には纏向に戻ると聞いており、今は倭都国の要となる土台作りに、日々励んでいるのだ。


 後方の障子が開き、美しい女人五十人が入って来た。先ほど広場で舞い歩いた踊り子だ。

 誰もが酒壷を大事そうに持ち、左右に居並ぶ豪族や集落の首長の前で膝を突き、酒を注いで回る。

 酒が入ると豪族や集落の首長たちは次第に打ち解け、倭都軍の武勇伝や難波の開墾話に花が咲いている。


 上段のヒサラ、イ・リサネをはじめとする役人が、ゾロゾロと大広間に降りて兵たちに溶け込み、酒を酌み交わす。

 凱旋の宴は女人と手を繋いで踊る者あり、兵に武勇伝を語らせようと催促する者ありで、大賑わいになった。


 上段は天皇と妃のイナビヒメと側室、三人の息子だけになり、ようやく家族の体面になった。するとオウスが、天皇の前に出て両手を突き、大きな声で迎えの挨拶をした。


「父上、お帰りなさい。ご無事の御帰還、恐悦至極に存じます。」


 大広間の賑わいを笑顔で眺めていた天皇は、オウスの突然の行動に少し驚いた様子だったが、すぐ目を細めて大きく何度もうなずいた。


「ただいま帰った。オウスは声が強くなり、体躯も大きくなったな。難しい言葉も沢山覚えたようだ。」


「はい。文字はまだまだですが励んでおります。武術は軍師に大人に勝る力量と、褒めていただきました。」


「そうか、そうか。オウスは十六歳になって、もう大人だ。コウス、チヒコも大きくなったな、留守中は母上に面倒をかけなかったか。」

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