天皇の凱旋を祝う宴に、豪族や周隣の首長が集結 一
「それもあるが、早く落ち着きたいよ。広場も本殿もずっと騒がしいし、外もあちこち人が走り回って忙しそうだ。祝いの準備って大変だな。」
「あっ、父上の行列が神社に入っているようだよ。ほら聞いて、神社の辺りから大勢の足音が。人の大声もする。」
コウスが半里先に建つ神社の喧騒に感づき、指さした。神社は周りの森と屋根の一部しか見えないが、確かに隊列の足音だ、オウスも間違いないと思った。
急いで櫓を下り、夢殿にいる母、イナビヒメのもとに走った。
「母上、ただいま凱旋隊が神社に着きました。チヒコ、父上が近くまで戻ったよ。」
「おお、神社まで戻られましたか。」
イナビヒメと過ごしていたチヒコは、緊張した顔でオウスを見る。
多忙な天皇と過ごした記憶は希薄で、また熊曽討伐に旅立った五年前は七歳と幼かったため、何事が起きているのか困惑している表情だ。
「お父上がね、チヒコに会いたいと西国から戻られましたよ。笑って御迎えしようね。」
「うん。」
チヒコは母の言葉で、少し記憶が甦ったのか大きくうなずき、顔を上げてにっこり笑った。
日が沈み、じわりと纏向の都を夕闇が包んでいく。その夕闇を突き上げるかのように、神社の篝火が赤々と浮かび上がる。
奥の本堂を囲んだ塀には、白地の上部に蒼い扇印を描いた昇り旗が十二本、本堂の屋根の高さまでそびえ、静かに揺らぐ。第十二代景行天皇の偉業を讃える戦勝旗が隊列を迎える。
難波津から纏向までは六里と、手の届く距離だ。隊列は湖南集落の賛辞を浴びながらも、次第に急ぎ足になったようで、兵や荷役・労役者は神社の鳥居をくぐるなり、戦勝旗を見上げる余裕もなく、境内で泥のように眠ってしまった。
本堂の広間の奥では、天皇とヒサラ政務官の両側に、イ・リサネ軍師、コレイ隊長、エノカ副隊長、そして役人やリス・コウ神主らが集まり、五年ぶりの再会を喜び合う。
「おお、コレイ隊長にエノカ副隊長、ご無事で何より。ちょっと痩せたが、元気そうでよかった。」
「五つも歳を重ねて戻って参ったからな。そうそう、コレイ隊長と熊曽の棍棒使いとの一騎打ちは、そりゃ凄かった。棍棒遣いは重い鉄棒を振り回す剛力で、見ているこちらが震え上がったぞ。奴の一瞬の隙を狙って、隊長が槍で突き抜いた。これで敵は戦意を失って、戦さは決したのだ。」
エノカがヒサラに話し始めると、ソラフが酒壷を抱えて二人の間に割り込み、酒杯に注ぐ。
「まあまあ、武勇話は限りがない。飲めや、飲めや。」
すると今度は、コレイが倭台の帝をぎゃふんと言わせた、ソラフの矢の話を持ち出した。
「倭台で、弓矢の試射をした時だ。ソラフ師は命中精度の差を見せつけ、辰韓の矢が一部だが曲がっているのを見て、いくら腕が良くても敵に当たらないと説明した。倭台の帝は感謝し、急いで矢の修復をした。これが倭都の勝利に大きく貢献したのだ。」
天皇の後ろには、倭台で倭都政権の一角となる証として、ハル・サイマ帝から受け取ったハルタヒメと、火良で一目惚れして連れて帰ったレミアが、長旅の疲れを見せず、目を細めて再会の場を眺めていた。
由埜、高尾、磐紀など、友好豪族の首長と随臣も続々と神社に入り、熊曽討伐の祝詞を聞きながら酒を酌み交わす。ヒサラが手配していた美しい女人二十人が着飾って入り、笑顔で酌をして回る。
境内で目覚めた兵たちにも、集落の女人たちによって酒や食べ物が配られ、いくつかの集団になって無事の帰還を喜び合う。
再会と帰還の輪に、華やかな女人が入り混じった勇輪神社。本堂と境内で、和やかな宴は夜遅くまで続いた。
翌朝は晴れ渡って涼しい。宇陀山から朝日が昇ると、ヒサラを先頭とした役人たちが境内へ出て、本堂の脇に祀られた在りし日の戦没兵・戦没労役者の墓に参拝した。
新たに神社の門弟が高さ一丈、幅三尺ある石の碑を運び込んだ。
しばらくして白装束の天皇を先頭に、同じ白装束で供物を手にしたイ・リサネ、リス・コウも大麻を手にして現れた。
「今より熊曽討伐において西国で共に戦い、はからずも命を落とした倭都の盟友三十三人を供養し、皆で黙祷を捧げよう。没した盟友の安らかな成仏を願って、神主が立派な碑を建立してくださった。傷を負ったり病に倒れて、帰れなかった盟友も五人いるが、回復して纏向に戻られることを望んでおる。」
五
天皇の発声で、境内の兵や荷役人が整列し、前に並んだ役人と天皇が神主の祓詞の間、合掌して頭を垂れ、黙祷する。門外に集まってきた周隣の人々も、同様に黙祷していた。
祈祷を終えると門の内側に馬が四頭ずつ三列に並べられ、支度を整えた天皇と随臣、役人が騎乗した。
その後ろにハルタヒメとレミアが騎馬し、続いて兵が五人ずつ整列。ヒサラの掛け声で、いよいよ凱旋隊として纏向の宮廷に帰還する。