表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
13/108

街道も神社も歓迎準備が整い、天皇が神社に到着

「この辺りの指揮は其方か。この暑い時分に立派な街道を造成され、誠にご苦労である。井來山の向こうも、このように順調か。」


「はい、拙者は高尾のラエムと申します。難波からの街道は出来上がり、途中に宿舎や、お休み処も多数建立したと聞いております。」


 十日前のリ・シオラ、イ・リサネの報告では半分ほどの出来と聞いたが、ほぼ完成して凱旋の行列を待つばかりになっているではないか。

 

 街道の両脇に建つ民家も、営繕や改修を済ませ、百人程度の兵が休憩できる広場もいくつか用意していた。軍や兵に命じられた工事では、ここまで出来ない。民が天皇の御帰還を、心から望んでいるのだ。ヒサラの胸は高鳴った。


 神社の改装はどうか、騎馬を返して神社に入った。驚いたことに、鳥居と社は建て直したかのように美しく洗われ、境内は千人の兵たちが楽に休めるほどの、長さと広さに変わっていた。

 その奥に進むと、木の皮葺きの大きな本堂が佇んでいる。百二十人いたと聞く工事人たちの姿は、すでになかった。

 

「お見回りご苦労様です。ご覧のように、当社は天皇凱旋隊の御迎え準備が整い、あとは川皺のミシリ様が昇り旗をお持ちくだされば、改装は完了です。」


 弟子と召使いを従えて境内に出たリス・コウは、鳥居や社、奥に佇む本堂の塀を指さして、昇り旗を立てる位置を示す。指差す位置に、高さ一丈の太い棒が十二本立っている。

 神社の昇り旗は、イ・リサネが特別に注文した戦勝祝旗だ。篝火台も、本堂の横に多数準備されていた。


「うーん、ご立派。天皇はご満足なさり、兵たちや荷役人たちも喜ぶであろう。」


 天皇は難波津で十日滞在した。理由は長旅の兵を休ませることと、西国親征で学んだ数々の文化・文明を生かし、この難波津を倭都の国固め拠点にするためだった。


 まず南の、北の辰韓しんかん、東のとの交易を盛んにする拠点として、難波から海沿いに南へ伸びる丘に、大きな交易市を開く計画を明かし、この地に残留を希望する兵と工事や荷役人を、各五十人を選んだ。


 さらに坂居さかいの豪商リ・シャム、百舌もずのテスラに交易舎建造と運営を、湖南こなんのラエムに難波津の拡張土木を任命した。それらの総合指揮は随臣ソラフに決め、すぐ取りかかるよう命じた。


 また将来を見据えて、文字の読み書きが情報伝達や記録保存に欠かせないと、人材育成と学習塾の普及にも取りかかる。


 初夏の空は晴れ渡って清々しい。天皇が南方に伸びる丘の中腹に立つと、頭上で無数の鳥が飛び交っている。西から北に広がる海は碧く、東には井來山を背にして、一面緑の川内平野が一望できる。


 天皇の脳裏には、渡来人と民で賑わう交易市があり、様々な船の行き交う難波津が浮かぶ。

 東を臨み、大小の川に恵まれた肥沃な土壌の川内平野に、幾千もの民が暮らす様も思い浮かべる。これは倭都安寧の第一歩だと。


 伝助が入れ代わり立ち代わり宮廷に入り、難波津での政策活動、海と陸に分かれて帰還した兵たちの集合、そして三百五十人の大行列が出立した旨を伝えた。

 

 宮廷の会合広間でヒサラが立ち上がり、居並ぶ役人を見渡して檄を飛ばした。その目はキラキラと輝き、口元はほころび、歓びが隠せない様子だ。


「いよいよ天皇が御帰還なさり、あと二日で神社に入られる。皆の者、御迎えの手筈に抜けはないか、もう一度確かめよ。」


 天皇は宮廷に入る前に、勇輪神社で熊曽討伐を神に報告し、兵たちと共に祝いの宴を催す。翌日に隊列を整え、天皇が先頭になって正門をくぐる手筈なのだ。


 勇輪神社は由埜の箕輪みわ山を本尊とした、垂仁天皇時代からある古い神社で、十年前に景行天皇がから渡来したリス・コウを抱え、纏向の地に分社を建立した。

 倭都の勢力拡大と安寧を祈念し、倭都に対立する豪族討伐の戦勝祈願、戦没兵・戦没労役者の祈祷の場にするために。


 宮廷の正門までは民が街道の両側で迎え、中庭は由埜、高尾、磐紀をはじめとする近隣豪族の首長と代表が、また鷹居、阿藤、川皺、湖南、坂居など周隣から駆け付けた集落の首長が左右に分かれて整列し、その最前列で纏向兵が迎えることになっている。


 宮廷の謁見の縁では、イナビヒメと三人の息子が中央に、右に政治、民政の役人、左に軍事の役人と兵、勇輪神社の住職が並んで座る準備も整えた。


「そろそろ父上の行列が、山を越える頃かなあ。」


 明け方の雨は止んだが空は厚い雲で覆われ、東からの温い風が顔をなでる。街道の左右に一丁間隔で立てられた、白い昇り旗が小さくなびいている。

 オウスとコウスは本殿の西に立つやぐらに上がって、北から西に長々と連なる井來山を眺めてつぶやく。

 

 隊列が越えるのは峰が低くなった井來山の南端だが、纏向の宮廷からは四里の距離があり、点在する小山に遮られて、ここから見ることはできない。


「待ち遠しいかい、兄者。」


 いよいよ凱旋隊が勇輪神社に到着する。コウスが、オウスの心境を確かめるように尋ねる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ